一花は資料室を後にし、教室へ戻るため、中庭を挟んだ長い渡り廊下を歩いていた。
じっとりとした梅雨の空気が、ガラスのない開放的な廊下に流れ込んでいる。一花が上靴の音を控えめに響かせながら進んでいると、前方から一際目立つ集団が歩いてくるのが見えた。
中心にいるのは、高校生にしては珍しい、柔らかなシルバーの髪色をした男子生徒だった。その周囲を、派手なメイクを施した女子生徒たちが鈴なりになって取り巻いている。彼が何かを呟くたびに、女子たちは黄色い声を上げていた。
一花はそんな喧騒に一切の興味がないといった様子で、視線すら合わさず、彼らの横をすっと通り過ぎた。
(私は、私の目的のために動くだけ。他の事に構っている暇なんてない)
前だけを見据えたその表情には、冷徹な復讐を決意する固い覚悟が、気高く美しく宿っていた。
だが、すれ違ったまさにその瞬間。
シルバーの髪の男子生徒――碓氷馨の切れ長の鋭い瞳が、迷いなく一花の姿を捉えていた。
群がる女子生徒たちに、はしゃいだ様子で腕を軽く引っ張られていた馨の動きが、不意にピタリと止まる。
「……馨くん?」
「どうしたの? 行こ?」
一際声の大きいギャルの女子が、馨の顔の前に覗き込むようにして首を傾げた。
先ほど空麗が教えてくれた、学校のもう一人の有名人。女性の噂が絶えないという、碓氷馨その人物だった。
馨は女子たちの問いかけに答えることもせず、少しだけ目を見開くようにして、すれ違った一花の背中を見つめていた。凛とした歩調で去っていく彼女の後ろ姿から、しばらくの間、目を離すことができなかった。
(……へぇ、見ない顔だな)
そっと心の中で呟く。
学校中の女子から注がれる羨望の視線に慣れきっていた彼にとって、自分を塵ほどにも留めず、冷たい虚無を瞳に宿して通り過ぎていった一花の存在は、あまりにも異質だった。その無関心な横顔に、馨の胸の奥で、奇妙な好奇心の火が小さく灯る。
「ねぇ、馨くーん! 早く行こ行こー」
しびれを切らした女子たちが、再び彼の腕をぐいぐいと引っ張っていく。
馨はゆっくりと視線を前方へと戻し、いつもの退屈さを隠した、甘く整った笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだね。行こうか」
促されるままに歩き出す馨の頭の片隅には、先ほどすれ違った黒髪の少女の、あの光を宿さない冷徹な瞳が、鮮烈な残像となって焼き付いていた。
出会うべくして交錯し始めた、三人の運命。
これから複雑に絡み合う関係を予測しないかのように、庭に咲いている花にとどまる蝶が、羽を休めていた。



