一花はひとまず、復讐の標的である朔也の学校での行動範囲を調べるべく、動き出すことにした。目の前で楽しそうに話している空麗に対し、わざとらしく困ったような眉の下げ方をして見せる。
「あ、ごめんね空麗。そういえば、転入の手続きのことで、お昼休みに先生から職員室へ来るように呼ばれてるんだった」
「えっ、そうなの? じゃあ早く行きなよ!」
空麗は一花の言葉を疑うわけでもなく、ただ純粋な親切心から「行ってらっしゃーい」と言って、ひらひらと軽く手を振ってくれた。
その無垢な笑顔に小さく頷き返し、一花は教室を後にした。
廊下に出た瞬間、可憐な少女の仮面の下で、一花の思考は急速に冷徹な計算を刻み始める。向かったのは、恐らく朔也がいるであろう職員室だった。
じっとりとした空気の流れる校舎の、静かな北校舎。職員室が近づいたその時、すぐ隣にある資料室の半開きの扉から、いくつかの話し声が漏れ聞こえてきた。
一花は上靴の足音を消し、壁の影からそっと室内の様子を伺う。
中にいたのは、担任の倉田先生と、夏目朔也だった。二人は古いプリントや教材の束を整理しているようだった。
「ありがとう夏目君、いつも貴重な休憩時間に手伝わせてすまないね」
倉田先生の労いのひと言に、朔也はあの朝と変わらない、少しの曇りもない笑顔を浮かべて応じた。
「いいですよ、そんな。俺、自分から立候補して学級委員になるって言ったんで。手伝えることがあれば、いつでも何でも言ってください!」
快活で、少しの打算も感じさせない、絵に描いたような模範的優等生の言葉。
しかし、その様子を影からじっと見つめる一花の胸の内には、冷ややかな疑問が浮かんでいた。
(あの笑顔は、本当に本心なの……?)
誰もが見惚れそうな爽やかな光の裏に、何か別の歪みが隠されているのではないか。だが、今の彼女にとって彼の内面が本物か偽物かはどうでもよかった。重要なのは、得られた客観的な事実だ。
――休憩時間、担任はいつも朔也に何かしらの用事を任せている。
その規則性が分かれば、こちらのものだった。タイミングさえ合わせれば、誰もいない静かな場所で、彼への接触とアクションはいくらでも可能になる。
一花は手に入れた貴重な情報を脳内の引き出しへと静かにファイルした。
「じゃあ、これはあっちの棚に戻しておいてくれるかい?」
「分かりました!」
中から聞こえる動きの気配に、一花は気配を消したまま、音もなくその場を離れた。



