空麗は、転校してきたばかりの一花に、学校の様々な「常識」を親切に教えてくれた。
「あのね、うちの学年には有名人が2人いるの!一人は一花ちゃんの隣の席の、夏目朔也くん。学級委員をやっていて、誰にでも優しくて、先生からの信頼も厚い爽やか優等生イケメン。で、もう一人がね――」
空麗は声を少し潜め、いたずらっぽく笑った。
「碓氷 馨くん。違うクラスなんだけど、こっちはとにかく女子に人気で、いつも誰かしら女性の噂が絶えないの。ちょっとクールで危ない雰囲気があるんだけど〜、そこがまた超かっこよくて。そんな正反対の二人なのに、なぜか中学からの親友らしいんだよね〜」
そんなクラスの人間関係を聞かされても、一花の頭には夏目朔也の情報しか入ってこなかった。
もう一人の、女子に人気だという男の名前など、彼女の復讐計画には塵ほどの価値もない。
一花は、いかにも純朴な少女らしく頬を少し赤らめると、はにかんだような笑みを浮かべた。
「そうなんだ……。夏目くん、朝も凄く優しそうに声をかけてくれたもんね。皆から慕われているの、何となく分かる気がする」
「でしょでしょ!」
空麗の表情がぱぁっと明るくなり、我が事のように胸を張る。
「でもでも、どちらかというと私は碓氷くんがタイプなの〜! ちょっとクールな感じでイケメンだしっ、意外と優しくって最高なんだから! じゃあ、一花はやっぱり碓氷くんと夏目くんだったら、夏目くん派かな?」
恋バナに花を咲かせる女子高生そのものの純粋な問い。一花は小さく首を傾げ、ふふっと穏やかに笑ってみせた。
「どうかな……。私、あんまり見た目とかで判断しないから」
その言葉の裏に隠された意味を、空麗が知る由もなかった。見た目などで判断するはずがない。一花が夏目朔也を見つめる理由は、恋焦がれる乙女のそれではなく、ただ一つ――彼を狂おしいほどに落とし、自分の信者へと仕立て上げること。
何としてでも夏目朔也を自分に惚れさせ、その心を甘い言葉で侵食し、最高潮の幸福を与えた瞬間に、跡形もなくズタズタに引き裂いてやるのだから。
それこそが、彼女がこの学校へやってきた唯一の目的なのだ。
「え〜、一花は真面目だなぁ。でも、夏目くんの優しさに落とされない女子はいないと思うよ!」
楽しそうにはしゃぐ空麗の話を、一花は次第にぼーっと聞き流すようになった。
向けられた親愛のノイズを意識の端へ追いやりながら、一花はゆっくりと窓の外へ視線をやった。
ガラス越しに見えるどんよりとした六月の空からは、今にも湿った雨が降り出しそうだった。



