TRAP×GIRL【完結】

昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に、教室内は一気に騒がしくなった。

隣の席の朔也は、何やら前方のドアから顔を出した担任に手招きをされ、「あ、すぐ行きます」と椅子を引いて、教室の外へ出ていった。

一人残された一花が、机の上に買ってきたサンドイッチを出そうとした時だった。

「ねー、柊さん!」

突然、頭上から弾けるような明るい声が降ってきた。
驚いて顔を上げると、そこには一人の女の子が立っていた。短めの髪を揺らし、好奇心と好意を全身から隠そうともせずに、満面の笑みを浮かべている。

「私、皐月 空麗(さつき そら)! 宜しく〜! よかったら、私と友達になろーよ!」

あまりにも真っ直ぐで、純度の高い元気な声。
一花は彼女の眩しすぎるほどの笑顔を至近距離で浴び、一瞬、目眩を覚えるようなくらくらとした感覚に陥った。
影のない世界で生きてきた人間に特有の、陽だまりのような温かさ。それは、泥を這う青紫の蝶には到底持ち合わせ得ない、まばゆい光だった。

一花はすぐにいつもの可憐な微笑みを取り繕い、小さく小首を傾げた。

「空麗って……、すごく素敵な名前だね。うん、私の方こそ宜しくね」

「本当!? やったぁ!」

空麗は弾んだ声を上げ、一花の向かいの席の椅子をくるりと回して腰掛けた。

その屈託のないはしゃぎ姿を見つめながら、一花の胸の奥に、不意に昏い哀愁の影がすうっと通り過ぎていった。

(もしも――)

もしも、あの瑞々しい夏の日が訪れなければ。
父が私を捨てず、私の世界を壊さず、私がこんなドロドロとした歪んだ復讐心さえ持ち合わせていなかったら。

私も、この空麗という少女のように、ただの『普通の女子高生』として、毎日を笑って、恋をして、楽しく過ごせていたのだろうか。そんな叶うはずのない、ありふれた幸福の残骸が、一花の凍てついた心を一瞬だけ寂しく揺さぶる。

けれど、哀愁は次の瞬間には冷酷な決意へと塗りつぶされた。
私はもう、あの泥を這うボロボロの蝶になった。今更、太陽の下には戻れない。

そんな一花の胸の内など知る由もなく、空麗は嬉しそうに身を乗り出してきた。
「ありがとう! じゃぁ、私も柊さんじゃなくて、一花って呼ぶね〜! そういえば一花、お弁当何持ってきたの?」

「うん、ただの購買のサンドイッチだけど……」

一花は完璧な友達の顔をして微笑み、空麗との会話に応じる。

ハラハラするような復讐劇の舞台。
けれどその歪んだ戦場に、空麗という無垢な光が紛れ込んだ。この純粋な少女さえも、これから一花が巻き起こす暗い嵐の巻き添えになっていくのだろうか。

一花は笑いながら、視野の端で、誰もいない朔也の空席をじっと見つめていた。