TRAP×GIRL【完結】

隣の席に座り、鞄を机の横に掛けた一花は、髪を耳にかけながらちらりと朔也の方を向いた。

すると、朔也もまた一花の姿を追っていたようで、二人の視線はごく自然に重なり合った。

「……あ」

一花はほんの少しだけ目を見開いた。
至近距離でまじまじと見る彼の顔立ちは、あの陽炎の揺れる夏の公園で、一花の父とキャッチボールをしていたあの少年の面影を色濃く残していた。けれど、同時にあの頃よりもずっと鋭くなり、少し大人びた少年の骨格へと成長している。その事実に、一花の胸には一瞬、言葉にできない奇妙な驚きが走った。

一花はそれを瞬時に覆い隠し、どこか憂いを帯びた、ふっと消えてしまいそうなほど儚げな眼差しで彼を見つめた。

「あの、宜しくね」

これ以上ないほど綺麗に、無垢な少女の仮面を被って微笑みかける。

向けられた朔也は、ピクリと少し驚いて、絵に描いたような爽やかな笑みを浮かべた。

「あ、俺、夏目朔也! 宜しくね、柊さんっ」

―――『柊さん』。

その口から紡がれた偽りの苗字が、一花の耳を、脳を、容赦なく突き刺した。

ドクドクと、心臓が波打つように激しいイライラが募っていく。朝霧の姓を奪われ、パパの愛から締め出された私を、すべての元凶であるお前が、その無邪気な顔で『柊』と呼ぶ。その不条理さに、爪が手のひらに食い込むほどの激情が湧き上がる。けれど一花は、その濁った感情を鉄の意志で噛み殺した。

「夏目くんね、宜しく」

何事もなかったかのように、鈴の鳴るような声で返し、一花はそのまま視線を前の黒板の方へと戻した。

前を向いていても、隣からの熱い視線が肌に突き刺さるように伝わってくる。朔也はまだしばらくの間、驚きと微かな高揚を隠せない様子で、こちらの横顔を見つめ続けていた。一花はそれを視野の端で捉えながら、ゆっくりと深く息を吸い込む。

(よし……、掴みはオッケーかな)

怒りの裏側で、ふつふつと身体の奥から湧き上がってくるのは、得体の知れない暗い歓喜だった。
罠の歯車は、これ以上ないほど完璧に噛み合った。あの輝かしい人気者を、父の愛を独占してきたこの男を、ここから少しずつ、私の張り巡らせた見えない糸で雁字搦めにしていくのだ。

一花は教科書を開くフリをしながら、誰にも見えない唇の端を、愉悦に歪めていた。