一花は、白波の言葉に満面の笑顔を浮かべて、いじらしくこう応えた。
「父がどんな風に大学時代を過ごしていたのか、知りたかったんです。私、ちょうど今、これからの進路に悩んでいまして……」
ふっと言葉を濁し、わずかに憂いを帯びた瞳で白波准教授を見つめる。それは、大人の庇護欲を巧みにくすぐる、完璧に計算された可憐な少女の表情だった。
その切実な眼差しに当てられた白波は、後輩の娘の力になってやりたいと、嬉しそうに目元を和ませて語り出し始めた。
「そうか。進路か。……蒼士くんはね、当時からとても賢い男だったよ。圧倒的な閃きと、引き寄せる運と、それを形にする才能をすべて持ち合わせていた。まさに、純文学の世界に生きるべくして生まれたような能力の持ち主さ。彼の頭の中には、いつも無数の引き出しが綺麗に整理されていてね、そこから複雑に枝分かれしていくような、途方もない想像力を持っていた。あいつが語る小説の構想は、ずっと聞いていたいくらいに退屈しなくて楽しくてね。……君のその聡明な瞳を見ていると、きっと一花さんも、その素晴らしい血を強く受け継いでいるんじゃないかな」
白波はそう言って、優しく笑った。
彼の口から語られる、若き日の父親の輪郭。
それを聞いた一花の胸には、じわじわと確かな熱が帯びていき、甘やかな高揚感が心臓を叩いた。
(やっぱり、パパは素晴らしい人……私の目に狂いはなかった。あのガラスケースの美しさを教えてくれたパパは、誰よりも完璧で、偉大な小説家。――なのに、どうして)
どうして、あの泥棒猫のような女と、その息子のせいで、私の完璧なパパは汚され、奪われなければならなかったのか。
胸の奥で、父への狂信的な愛と、それを壊した存在への激しい憎悪が同時に膨れ上がっていく。一花は込み上げる激情を胸の奥の檻に押し込めると、鈴を転がすような声で笑ってみせた。
「ふふ、ありがとうございます。私も、そんな素晴らしい父が大好きなんです。ずっと、誇りに思っています」
父親を純粋に慕う娘として、完璧に振る舞いながら、一花は本題へと静かに足を踏み入れた。白波の警戒が完全に解けている今、この瞬間を逃す手はなかった。
一花は小首を傾げ、世間話の続きのような、ごく自然な軽さでこう問いかけた。
「あ、それと……大学時代、父が特に親しくされていた『女性』の方って、どなたかおられましたか?」
窓から差し込む西日の中で、一花の瞳の奥の光が、獲物を狙うように歪んで鋭く煌めいた。



