TRAP×GIRL【完結】



その日から、一花はまるで人が変わったように明るくなった。

昨日までの、暗闇の底に沈んでいたような陰鬱な空気は綺麗に消え失せ、リビングには一花の弾んだ声が響くようになった。母親の澪は、娘のあまりの急変ぶりに少し驚いたような表情を見せたが、それでも何も口にすることはなかった。ただ、家庭科教師としての優しい眼差しで、楽しそうに笑う娘を静かに見守っていた。

一花は自分の部屋に戻ると、決まって楽しげに鼻歌を歌うようになった。
しかし、その唇の端は、どこか冷酷な形に歪んでいる。

深夜。家中が深い静寂に包まれる頃、一花は部屋の明かりを消したまま、パソコンの画面を開いた。液晶の青白い光が一花の瞳を妖しく照らし出す。
彼女がカタカタとキーボードを叩いて調べていたのは、父・蒼士の裏切りの足跡。あの日の不倫相手の女性の正体を突き止めるため、一花はあらゆる情報を貪るように検索し、ついに一つの繋がりに辿り着いた。

数日後、一花は父の母校であり、かつて籍を置いていた広大な大学のキャンパスに足を運んでいた。
高くそびえ立つ校舎、行き交う学生たち。その喧騒を通り抜け、一花が訪ねたのは、大学の准教授を務める白波直哉の研究室だった。白波准教授は、学生時代から朝霧蒼士の良き先輩であり、彼の過去をよく知る数少ない人物の一人だった。

コンコン、とノックをして扉を開け、一花が「朝霧蒼士の娘です」と名乗ると、白波は目を見開いて驚いた。しかしすぐに破顔し、
「おや、蒼士君の! よく来てくれたね」
と、嬉しそうに一花を教授室の奥へと通してくれた。

一花は部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、その光景に息を呑んだ。
そこは、まるで奇妙な博物館のようだった。壁一面には、父の書斎にあったものよりもさらに精緻な、数え切れないほどの昆虫の標本が並んでいる。棚には、特殊な薬液の入ったガラス瓶がいくつも置かれ、その中で怪しく、美しく時間を止められた植物たちが揺らめいていた。

一花は目を丸く見開いて、それらのガラス瓶や標本をじっとのぞき込んだ。さらに部屋の隅にある大きな水槽では、見たこともない鮮やかな熱帯魚たちが、冷たい水の中をゆらゆらと泳いでいる。一花はその水槽に顔を近づけ、興味津々といった様子で瞳を輝かせた。

そんな彼女の様子を見て、白波准教授は声を立てて快活に笑った。

「はは、君もこういうのが好きなのかい? 標本に植物、それに熱帯魚まで。やっぱり蒼士くんの娘だね、血は争えないな。彼は昔からひどい秘密主義だから、僕にも君たちのことを何も教えてくれなくてね。まさか、こんなに綺麗な娘さんが居たなんて、あいつも罪な男だ」

白波は懐かしそうに目を細め、心から歓迎するように温かい紅茶を淹れてくれた。
白波の言葉を聞きながら、一花は水槽のガラスに映る自分の顔を見つめていた。その瞳の奥には、白波には決して見せない、冷徹で鋭い光が宿っていた。

父親の先輩。父親の過去。
この男から、あの『夏目朔也』とその母親に繋がる、決定的な秘密をすべて引き摺り出すために。

一花は完璧な、無邪気で愛らしい「朝霧蒼士の娘」としての微笑みを浮かべ、白波に向かってゆっくりと口を開いた。