長い夏休みが明け、学校に賑やかな声が戻ってきた。しかし、一花のクラスの空気は、いつもと違っていた。
朝のホームルーム。教壇に立った担任の口から、衝撃の事実が告げられる。
「――夏目朔也だが、急な事情で転校することになった」
その瞬間、教室内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「えっ、夏目くんが!?」
「嘘でしょ、なんの連絡もなかったよ……」
クラスメートたちは突然の別れにショックを受け、あちこちでヒソヒソと噂話が始まる。
そんな喧騒の中、隣の席の空麗が、心配そうな顔で一花に身を寄せた。
「一花、大丈夫……?」
付き合っていたはずの朔也の突然の失踪。空麗が真っ先に一花の心を気遣うのは当然だった。
一花は小さく息を吸い、穏やかな、作ったわけではない本物の笑みを浮かべてみせた。
「うん、ちゃんとお別れしたから……大丈夫。ありがとう」
「えええ!別れちゃったの!?そんなぁ……」
空麗は自分のことのように肩を落とし、本気で悲しんでくれた。その優しさが、今の神聖なほどに冷え切った一花の心に、わずかな温もりをくれる。
しかし、一花の意識は別の場所に向いていた。
朝から、ずっと探している人がいる。
(碓氷くん、どうしたんだろう……)
なんだかんだと言いながら、いつも自分のことを気にかけ、踏み込んできてくれた彼の姿がない。そのことが、どうしても引っかかっていた。
あの夏休みの終わり、朔也に襲われ、暗闇の中で恐怖に凍りついていたとき。一花の脳裏に一番に浮かんだのは、朔也の顔でも、引き裂かれた過去の写真でもなかった。
ぶっきらぼうで、だけど確かな体温を持って自分を助け出してくれた、碓氷馨の顔だった。
(会いたいな……)
気がつけば、そんな願望を胸の内で呟いていた。
ハッとして、一花は小さく首を振る。自分で選んだ復讐の道だ。そのために、もう自分の手は、心は、真っ黒に染まってしまっている。
(……なんて、思ってしまうなんて。今の私に、誰かを求める資格なんて、ないのかな)
窓の外から聞こえる始業式の喧騒が、遠くの街の音のように、一花の耳をすり抜けていった。



