朔也は、狂ったように笑い声をあげた。
「なんで? あはは! わからない? ――俺は朝霧蒼士を憎んでるからだよ!!」
信じられないような目で、一花は朔也を見つめた。父の才能を愛し、その背中を追っていたはずの彼から放たれたのは、あまりにも純粋な悪意だった。
「アイツは、弱っている母さんを見捨てた!! 俺から愛してやまない母さんを奪ったんだ!! だから、俺は朝霧蒼士に復讐するためにずっと機会を伺っていたんだ!!」
激情を剥き出しにして言い放つ朔也。その顔には、一花が知る優しい恋人の面影など微塵もなかった。
朔也は、獲物を絞め殺すような冷徹な瞳で、ゆっくりと一花の首に手をかけた。細い喉に指が食い込み、呼吸が止まる。
だが、一花はただ奪われるだけの女ではなかった。
「――っ!」
死への恐怖が瞬時に凄まじい反発力へと変わる。
一花は必死に抵抗し、渾身の力で朔也の腹を蹴り飛ばした。
体勢を崩し、床に倒れ込んだ朔也。その上に、一花は猛然と跨った。
今度は一花が、朔也の首に両手をかける。
憎しみに任せて、ぎゅうと力を込めて絞めていく。
「そんなの……! そんなの、私が許さない!! あなたは間違ってる!! あなたは私からパパを奪ったくせに……!!」
視界が怒りで真っ赤に染まる。指先に込めた力が、朔也の命を確実に削っていく。
その時、一花の脳裏に、別れ際に父が残した言葉が鮮烈に過った。
『一花、英舞と朔也くんを許してやってくれないか……』
それは、一花へ絞り出すように求めた哀願だった。
「っ……!」
一花ははっとして、動きを止めた。パパは、こうなることを予期していたのだろうか。自分が復讐の鬼に成り果てるのを止めようとしていたのか。
力が抜けた一花の手の下で、朔也は逃げようともせず、据わった目で彼女を見上げていた。
「何? やらないの……? どうしてやめるの?」
挑発するように、あるいは失望したように、朔也が低く呟く。
一花は、荒い息を繰り返しながら彼を見下ろした。
このままこの男を殺せば、私はただの殺人犯になる。もし生き永らえさせたとしても、自分と朔也は、これからもずっと復讐という名の茨の道でもがき苦しむことになるだけだ。
終わりの見えない憎悪。狂おしいほどの嫉妬。その暗闇の中で一生、互いの身を削り、もがき苦しみ続ける。
――それは果たして、本当に父が望んでいたことなのか。自分が望んだゴールなのか。
「……違う」
一花はゆっくりと、朔也の首から手を離した。
自分の両手を見つめ、それから静かに立ち上がった。
狂気に満ちていた一花の瞳から、すっと熱が引いていった。
「もういい、もう終わりにしよう……。あなたに私の気持ちなんて一生わからない。わかり合えない…無駄よ」
その声は、冷徹なほどに静かだった。



