朔也の部屋に戻った一花は、手元のグラスが刻むわずかな震えを押し殺し、表情を完璧に作った。
「はい、朔也くんの分」
満面の笑みを浮かべてお茶を差し出す。
「ありがとう」
朔也は少しも疑うことなくそれを受け取った。一花は彼から視線を外すように、ローテーブルの上に置かれた雑誌に目を落とし、ゆっくりと自分のグラスに口をつけた。
数分もしないうちに、静かな室内に規則正しい寝息の音が響き始める。
一花は雑誌から顔を上げ、ソファに深く体を預けた朔也をじっと覗き込んだ。完全に意識を失っている。
「朔也くん……?」
声をかけても、ピクリとも動かない。完全に眠りに落ちたことを確認した一花は、静かにソファから立ち上がった。
一刻の猶予もない。一花は足音を忍ばせ、壁際に据えられた戸棚へと向かった。
扉を開けると、そこには朝霧蒼士の小説がずらりと美しく並べられていた。一花はその中から一冊を手に取り、ゆっくりとページを開いた。
しかし、中身を目にした瞬間、一花は息を呑み、思わずその本を床に落としてしまった。
バサッと鈍い音を立てて開いたまま落ちた本。その中身は、小説の文章が鋭利なカッターで執拗に、ズタズタに引き裂かれていたのだ。
文字の連なりを分断するように刻まれた無数の傷跡。それは、狂気とも言える激しい憎悪を物語っていた。
早まる鼓動が耳の奥でうるさいほどに跳ねる。一花は震える手で次の本、さらにその次の本を引き抜き、狂ったようにページをめくった。
「そんな……」
どれも同じだった。美しい装丁の内側は、どれもカッターで無惨に切り刻まれ、文字がバラバラに破壊されている。
驚きのあまり目を見開き、一花がその場に立ち尽くした、その時だった。
「何してるの?」
背後から、低く、冷徹な声が響いた。
心臓が跳ね上がる。振り返ると、そこにはいつの間にか目を覚まし、感情の消えた瞳でこちらを見下ろしている朔也が立っていた。



