全身が拒絶反応を起こしている。一花は瞬時に、そして本能的にそれを感じ取っていた。
目の前では、英舞がまた朔也の体に腕を回し、その胸に顔を埋めている。
「ねぇ、朔也…、今日はいつまでいてくれるの?」
ねっとりとした声で囁きながら、英舞はニタァと不気味な笑みを浮かべて朔也にしがみついた。その歪な笑みを見た瞬間、一花の思考は完全に停止した。喉の奥からせり上がってくる強烈な不快感と、激しい吐き気。
一花は自分の震える声を必死に抑え込み、朔也の瞳を見つめた。
「朔也くん、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「あぁ、いっておいで」
朔也は一花にいつもの優しい笑みを向けながらも、その手は英舞の頭を愛おしそうに、優しく撫で続けていた。その光景から逃れるように、一花はトイレへと駆け込んだ。
個室に飛び込んだ瞬間、全身から嫌な汗が吹き出る。一花は洗面台にしがみつき、こらえきれずに思い切り吐き出した。
「ゲホッ、ゴホッ……! はぁ、はぁっ……」
胃の中はとうに空っぽだった。何も出てこないまま、酸っぱい胃液だけがダラダラと口からせり上がり、白い陶器を汚していく。涙で歪む視界の中で、呼吸を整えようと激しく胸が上下した。
何度も口をすすぎ、一花は恐る恐る正面の鏡を見つめた。そこに映っていたのは、恐怖と絶望で青白く染まった自分の顔だった。
冷たい水で顔を洗う。肌に触れる冷たさが、かえって脳の芯を冷酷に冴え渡らせていく。その静寂の中で、ある記憶が鮮明に蘇ってきた。
あの時、父が別れ際に残した、絞り出すような声。
『英舞と朔也くんを、許してあげてくれないか……』
当時は意味が分からなかった。ただの気遣いだと思っていた。しかし、今の一花にはその言葉の裏にある、悍ましい真実がはっきりと見えてしまった。
「パパは……全部知っていたというの……?」
鏡の中の自分に向かって、一花は声にならない声を漏らした。
あの二人の関係を。あの異常な空気感を。父はすべてを把握した上で、自分に復讐を止めさせたかったのだろうか。
外からは、楽しげな二人の話し声がかすかに聞こえてくる。
一花は震える手で洗面台の縁を固く握り締め、暗い闇の底へと突き落とされるような絶望に、ただ一人震えていた。



