重厚なガラス扉をくぐり、一花と朔也は「安斎病院」の敷地内へと足を踏み入れた。
無機質で高い壁を見上げながら、一花は胸の中で確信を深めていた。
(やっぱり、朔也くんの母親はここに入院していたんだ……)
かつて調べた記憶と、目の前の景色がぴたりと重なる。かすかな昂揚感を押し殺す一花の横顔を見て、朔也が心配そうに声をかけてきた。
「一花? 驚いた? ……実はね、母さんは精神科に入院してるんだ。もし、こういう場所に抵抗があるなら、今からでも引き返してもいいよ?」
どこまでも自分を案じてくれる、優しい恋人の声。一花はハッと我に返ると、すぐに取り繕うような笑みを朔也に向けた。
「ううん、大丈夫! お見舞いに来たんだから、私は平気だよ」
二人はそのまま、一般の病棟とはどこか空気の違う、静まり返った精神科病棟へと足を運んだ。
ナースステーションの前を通りかかると、カルテを整理していた看護師が二人を認め、ニコッと親しみやすい笑顔を浮かべた。
「あら、朔也くん。そちらは彼女さん? 素敵なお嬢さんね」
「あ、はい。どうも……」
一花は緊張で強張る表情を必死に動かし、軽く頭を下げた。社交辞律を交わす朔也の横顔を見ながら、手のひらにじっとりと冷たい汗がにじむのを感じる。
「じゃあ、行こうか」
朔也に促され、一花は廊下の奥へとゆっくりと歩みを進めた。
一歩、一歩、目的の場所へと近づくにつれて、耳の奥で心臓の音がうるさいほどに主張し始める。ドクン、ドクン、と、狂おしいほどの脈動が一花の全身を支配していく。
やがて、朔也が一つの病室の前で足を止めた。
一花もまた、弾かれたようにその場に立ち尽くす。
白い引き戸の脇に掲げられた、小さなネームプレート。
そこに刻まれた文字が、一花の視界に飛び込んできた。
『夏目 英舞』
写真の裏で、パパの口から、何度も何度も呪いのように反芻してきたその名前。
目の前にある現実の文字として認識した瞬間、一花は息を呑み、限界まで目を見開いた。
ついに、たどり着いた。
すべての元凶であり、自分の幸せを奪い去った女が、この薄い扉の向こうにいる。復讐への渇望と抑えきれない戦慄が、一花の身体を激しく突き動かそうとしていた。



