TRAP×GIRL【完結】



朔也は一花の手を優しく握り、歩調を合わせるようにゆっくりと歩いていく。繋がれた手のひらから伝わる体温は温かいはずなのに、一花の指先は冷え切っていた。

「今日はね、一花にどうしても連れていきたいところがあって誘ったんだ」

 朔也が振り返り、ニコッと眩しい笑顔を向ける。その無邪気な表情に、一花はいつものように話を合わせた。

「そうなの? 嬉しい、どこどこ?」

 努めて明るくはしゃいでみせる。しかし、一花の頭の隅からは、馨が残したあの言葉がどうしても離れなかった。

"復讐はまだ終わってないでしょ、ちゃんと朔也と向き合って……"

 あの日、馨の家で聞いた冷徹でいて優しい囁き。本心が読めない朔也への恐怖に押し潰されそうになる今、一花はその馨の言葉だけが、自分をかろうじて支え、守ってくれている盾なのだと気付きかけていた。

 すると、朔也は繋いだ手に少しだけ力を込め、視線を前方へと戻した。
 そして、どこか遠くを見つめるような目で、淡々と告げた。

「母さんのお見舞い。……ついてきてくれるよね?」

 ドクリ、と一花の胸が大きく跳ねた。嫌な胸騒ぎが全身を駆け巡る。
 しかし同時に、一花の心臓は別の意味で激しくざわつき始めた。
 待ちに待った瞬間が、ついに向こうからやってきたのだ。自分の家族をバラバラにし、最愛のパパの愛を奪い去ったすべての元凶――あの写真の女に、ようやく接触できる。復讐の火が胸の奥で黒く燃え上がった。

 高鳴る鼓動と、激しい興奮。それを決して悟られないよう、一花は細心の注意を払って、戸惑う恋人の表情を作り上げた。

「え? 朔也くんのお母さんの……? ……私が、一緒に行ってもいいの?」

 その問いかけに、朔也はふと足を止めた。
 雑踏の中で、朔也がゆっくりと一花の方へと振り返る。その瞳は一花をまっすぐに見つめていたが、やはりその奥にある本心までは見通せない。

「うん。そろそろ紹介したいんだ。一花のこと」

 朔也はそう言って、いつもの優しい笑みを浮かべた。
 その言葉の裏に、どれほどの意味が隠されているのかは分からない。それでも一花は、引き返せない運命の扉が開いたことを確信していた。

「わかった。……ありがとう、朔也くん」

 一花は微笑み返し、小さくお礼を言った。
 病室で待つ復讐相手の元へ、二人は再び静かに歩き出し、繋いだ手の冷たさだけが、二人の間に横たわる深い溝を物語っていた。