わけあって腹黒イケメンと偽装恋人をはじめたら、後戻りできなくなった話


  一ヶ月前の出来事によって、僕と遠坂隆二(とおさかりゅうじ)は偽の恋人を演じることになった。その結果がどうだ。毎日執拗にくっつかれ、手を繋がれ、キスされて、溜まったもんじゃない。

  あの腹黒悪魔から逃れられるのは授業中くらいだから、まったく息が詰まってしまう。もし二年のクラス替えで、遠坂隆二と同じクラスになったらと思うとゾッとした。

  それからすぐに、来年もこの偽の恋人を演じるつもりでいた自分に気づく。そんなわけないのに。どうせすぐ終わる関係なのに。呆れのあまり、掠れた笑い声が零れた。
  でも、期間限定とはいえ、やるべきことは最後までやり通すのが僕の性格だ。


 「隆二、いる?」


  授業が終わったあとの休み時間。僕は隣の教室の扉をひょっこり覗いて、墨色の頭を探すことにする。どうしてそんなことをするのか。それはもちろん、今朝の会話が原因だ。


  ──それで思ったんだけどよ。たまには透の方から、俺に会いに来るってのはどうだ? 大丈夫。隣の教室まで来て『彼氏に会いに来ました』って言うだけだ、簡単だろ。俺は嫉妬深くて心配症だから、それくらいしてもらわないと、不安で何も手につかないんだ。


 本音を言うならやりたくないし、今すぐ自分の教室に戻りたい。けれど、彼と恋人関係を演じることになった以上、やれるだけのことはするべきだ。


 「あっ、千街くんじゃん」


  僕の訪問にいち早く気づいたのは、遠坂隆二ではなく、金髪の男だった。耳に空いた黒いピアスと、はだけたシャツからは、怖そうな雰囲気が溢れ出ている。
 彼の名前は石渡流(いしわたながれ)。遠坂隆二と関わるようになって知り合った、彼の友人だ。外見こそ怪しげではあるが、それなりに話すようになって分かったことがある。


 「こんにちは、石渡くん」
 「何それかわいっ、こんにちは! もしかして、遠坂に会いに来たんだ?」
 「そうなんだけど……隆二はどこに?」
 「先生に連れられて職員室に。あ! 大丈夫、怒られたとかじゃねえよ! ほら、あいつ今日日直だからさ。プリント運ぶの手伝わされてんの」
 「あ、そうなん……」
 「それより千街くん! 遠坂とはどうよ。あいつ、顔がいいから女子にモテるけど、性格終わってるだろ? 千街くんが虐められてないか心配なんだよ。そうそう、この前なんて──」


  そう。怖そうな見た目から誤解されがちな石渡流だが、その正体は、ただのおしゃべりな少年なのだ。それも、話し出したら止めに入るまで動き続けるから、初めてあったときは驚いた。


 「それで千街くん、遠坂とは上手くいってるん?」
 「え? 僕は……」
 「まあ上手くいってるに決まってるか。だって遠坂、暇さえあれば千街くんのこと話してるもんな! さっき一緒に移動教室行ったときも、千街くんのこと話してたな〜。飯食ってるときの顔が可愛いとか、上目遣いの破壊力がやべえとか──」


  あの腹黒悪魔は、まさか友達の前でも、ラブラブな恋人の演技をしてるのか? 僕と二人でいるときはあんなに意地悪なのに……まるで別人の話を聞いているみたいだ。
  なんて返せばいいか分からなかったので、とりあえず照れたフリをしておいた。曖昧にはにかんで見せればいいだろう。そう思っていた、そのときだ。


 「流、千街くんを虐めるな。おまえのマシンガントークに付き合わされる彼の身にもなれ」


  石渡流の肩を掴んでそういうのは、同じく遠坂隆二の友人、陣内秀(じんないしゅう)だった。乱れのないストレートの髪と、ハリのある声が鼓膜を揺らす。金髪でだらしない石渡流とは対照的に、陣内秀は模範生のような雰囲気で満ちている。そのあまりの乱れのなさから、近寄り難い雰囲気さえ感じる。


 「おー秀! だって気になるだろ! 誰にも興味なさそうな遠坂が、千街くんにだけ夢中なんだぞ? いちゃいちゃラブラブのバカップルなんだぞ? 二人がどうやって出会って、どうやって付き合ったのか、気になって夜しか眠れねえんだよ」
 「夜に寝れるなら十分だろ。それに、人の恋愛を一から十まで知ろうだなんて野暮だ」
 「はあ、秀はこれだから困るぜ。幼馴染だけど、おまえより真面目なやつには会ったことないな。真面目オバケに取り憑かれてるんじゃないか? 千街くんもそう思うだろ」
 「……え? 僕?」
 「巻き込んですまない、千街くん。流が嫌な思いをさせたらすぐに言ってくれ。俺が懲らしめておくから」
 「は、秀ひでえっ!」


  キャンキャンと不満を吠える石渡流を、陣内秀が冷静に受け止める。幼馴染ということもあり、互いの扱いを熟知しているように見えた。僕や景也とはまた違う仲の良さに、なんだか微笑ましい気持ちになる。

  この二人と話すようになったのは、遠坂隆二と付き合う演技をすることになってからだ。あの腹黒悪魔である彼に、友達がいる知ったときは驚いたが……他人の前では完璧な自分を演じる遠坂隆二も、この二人には本心で向き合っているらしい。

 実際関わるようになって分かったが、石渡流も陣内秀も、近寄り難い雰囲気はあるけど、話してみると良い人たちだった。


 「ふふっ、石渡くんと陣内くんは、本当に仲良しだね」


  たまらず僕が吹き出すと、言い合っていた二人の動きがピタリと止まる。何がまずいことでも言っただろうか? 心配になって顔をあげると、二人が、驚いた顔で僕を見ていた。「え?」と首を傾げると、石渡流が顎を天井に向けて言った。


 「もったいねえ! 千街くんみたいな可愛い子、遠坂にはもったいねえ!」
 「ちょっ……石渡くん?」
 「珍しく流に同意だな。千街くん、あいつに騙されてるんじゃないだろうな? 分かった、何も言わなくていい。何も言わなくていいから、もし助けが必要な状況なら瞬きを三回してくれ」
 「じ、陣内くんまでなにを」
 「脅されてるなら俺たちに言うんだぞ! たしかに俺たちは遠坂の友達だけど……千街くんの友達でもあるんだから! 殴り合いでも何でもしてや──」
 「殴り合いか。そんなに吠えるなら買ってやるよ」


 後ろから肩を捕まれてすぐに、耳元で低い男の声が聞こえた。まさかと思い顔をあげると、見慣れた男の笑顔が映る。噂をすればなんとやら。現れたのは、遠坂隆二だった。
  石渡流の身体が、びくっと大きく跳ね上がる。


 「石渡、陣内。透にちょっかい出すなって言っただろ。こいつらに虐められてないか? 透」


  頬に触れるだけのキスをして、遠坂隆二はクスッと笑う。いつにも増して機嫌が良さそうだ。約束通り、僕の方から会いに来たからだろうか? 僕を虐めるのは、どちらかというと君のくせに。


 「虐められるわけないだろ。石渡くんも陣内くんも、優しくて良い人だよ」


 君よりね! そう言いたいのをぐっと堪えて笑うと、遠坂隆二は急に不満そうな顔をした。さっきまで楽しそうだったのに、コロコロ表情の変わるやつだ。


 「とととと遠坂! そんな怖い顔で牽制したって駄目だからな! 千街くんに酷いことしたら許さねえぞっ!」
 「流、足が震えてるぞ」
 「余計なこというな秀!」
 「はあ……おまえらに心配されなくても、俺と透は熱々ラブラブだから気にしなくていい。現に今も、わざわざ俺に会うために、こうしてやって来たんだからな。そうだろ、透」


  熱々ラブラブってなんだよ。ぞっと悪寒がしそうになるのを堪えて、「ウンソウダネ」と頷いてみる。これみよがしに僕の身体に触れ、頬にキスする遠坂隆二が鬱陶しくて、我慢するので精一杯だった。あとで二人になったら許さないぞ、そう心に誓う。

  まったく……恋人を演じるのも楽じゃない。

 ※

 昼飯を食べて満たされた僕の身体は、穏やかな睡魔に誘われていた。
 昼の貴重な時間を、話の通じない腹黒悪魔と過ごすことに使ったせいで、すっかり疲れてしまったらしい。このまま、ふかふかのベッドに潜り込んで眠ってしまいたい。とてもじゃないが、元気に走り回る気力なんてない。


 「二人一組になってストレッチするぞ〜」


  体育教師のハツラツとした声を聞いて、体育の授業中であったことを思い出す。ペアを組めと言われた途端、クラスメイトは思い思いに動き出した。この眠気も、身体を動かせば覚めるだろうか。僕は大きな欠伸をして、やっと周りを見回す。

  二人一組か。相手を探すのも面倒だし、遠坂隆二と組めばいいや──と考えなしに彼の頭を探そうとして、「同じクラスじゃないんだった」と思い出す。

 どうやら僕はおかしくなってしまったらしい。この一ヶ月、嫌でも隣には遠坂隆二が並んでいたから、彼の居る生活が当たり前になっていたようだ。
  仕方ない。他に誰か、組んでくれる人を探そう。そう思い、辺りを見渡したときだ。


 「透、良かったら俺と組まない?」


  横から聞こえた穏やかな声に、びくっとあからさまに肩が跳ねた。たちまち身体が熱くなり、心臓の鼓動が激しくなる。反射的に視線を向ければ、そこには、茶色の髪をした綺麗な男が立っていた。現れたのは、僕が密かに想いを寄せている相手、篠原景也だった。


 「け、景也か。びっくりした」
 「驚かせてごめん。ペア、透と組みたいなと思って。もし他に相手が居なかったらだけど」
 「い、居ないよ。僕と組もう!」
 「本当? 良かった」


  食い気味に頷くと、景也はぱっと花が咲くような笑顔を浮かべた。格好いいのに可愛いなんて反則だ。大型犬のような人懐っこさのある彼に、まったく目眩がしそうだった。

 景也は周りの人からクールな印章を抱かれやすいが、本当は人見知りしやすいだけで、心を開いた相手の前では、犬のように愛らしく、それでいて甘えたになる性格だった。優しくて頼もしい景也の存在に、僕は何度助けられたか分からない。

 あの腹黒悪魔と違って、景也は誰もが認める善人だ。イケメンな上に勉強も運動神経も抜群。おまけに誰に対しても親切な男と来た。幼い頃から隣で見てきたが、景也が人に意地悪をするところなんて、見たことがない。

  遠坂隆二に、景也の爪の垢を煎じて飲んでほしいくらいだ。そんなことを考えながら、体育教師の指示に従う。


 「痛かったら言ってね」
 「う、うん」


  まずは軽い準備運動からだった。
 各自ペアの人に手伝ってもらいながら、長座体前屈や開脚をしていく。僕の背中に景也の手が触れていると思うと、もはやストレッチの痛みなど感じる余裕もなかった。身体が燃えるように熱くなって、心臓の鼓動が早くなる。

  僕が景也を好きになったのは、小学生のとある夏休みに、海へ遊びに行ったときのことだ。僕たちの住む街は近くに海があり、夏になると大勢の客で賑わうのが当たり前だった。


  ──景也と、! 一緒に砂のお城作ろうよ!
  ──うん、いいよ。
  ──お城のてっぺんに旗を立てよう! 僕と景也と、の、お城だよ!


  キーンと頭に痛みが走る。いつもこうだ。あの日の海で起きた出来事を思い出そうとする度に、僕の頭は激しく痛んだ。理由は明らかだ。
  僕はその日、海で倒れたらしかった。目が覚めたときには救護室のベッドの上で、そこには、僕の手を握って泣く景也の姿があった。


  ──僕、なんでこんな所に……?


  首を傾げる僕に、周りの大人は安堵と不安をないまぜにしながら、ゆっくり真実を教えてくれた。どうやら、景也と遊んでいる途中に溺れそうになったらしい。流される前に景也が助けてくれたおかげで、大事には至らなかったそうだ。


  ──景也が僕を助けてくれたの?


  手を握ったまま離れない、茶色の頭をじっと見つめる。その視線に答えるように、景也も僕を見つめ返した。澄んだ瞳いっぱいに涙を浮かべた彼の眼差しは、光に反射する海よりも綺麗だった。


  ──……うん、そうだよ。


  僕の問いに答えるまで、数秒の空白があった。だが、やがて景也は肯定を示すと、僕の手をまた強く握った。絡まる指先が震えているのが伝わる。心配させてしまったみたいだ。泣いたままの景也を見てようやく、僕は心の奥に潜む罪悪感に気づいた。

  この罪悪感の正体は、景也に心配を掛けてしまったこと──ではなく、溺れた記憶が『全くない』ことにあった。

  海に遊びに来たのは覚えている。だが、そこから、今こうして救護室に運ばれるまでの間を、何も思い出せなかった。記憶の一部を抜き取られたような、形容しがたい居心地の悪さを覚える。しかも。


  ──あれ、なんだこれ。血?


  溺れたときに僕が着ていた服には、わずかだが血痕が付着していた。もしかして、景也が僕を助けるときに怪我をしたのだろうか。不安になって彼の身体を見渡すが、そんな傷は見当たらない。
 ただの思い過ぎだったのだろう。そんなことより、今は言わなきゃならないことがある。


  ──景也、助けてくれてありがとう。


  僕がお礼を言うと、景也は大きく目を見開いた。驚いているみたいだった。
  さすがの僕も、命を助けてもらった相手にお礼が言えないほど無礼じゃない。なのに景也は、僕の言葉にあからさまな動揺を見せたあと、複雑そうに眉を下げ、そうしてやっと答えたのだ。


  ──透が無事で良かった。


  たったそれだけのことだった。溺れかけた僕を連れ出し、支えてくれた景也。僕の気が済むまで隣に残り、心配してくれた景也。
  彼の底知れぬ優しさに触れて始めて、僕はこの感情の意味に気づいた。景也のことが好きだと悟った瞬間、今までモヤモヤしていた全てが解消されたように、晴れやかな気持ちになった。胸の奥が温かくなって、鼓動する心臓の音がバレていないか、それだけが気掛かりだった。


 「透、痛くない?」


  後ろからそっと囁くような、控えめな声だった。長座体前屈をしている最中だった、と思い出してようやく、我に返ることができた。


 「ご、ごめん、ちょっと考え事してた。大丈夫。痛くないよ」
 「考えごと?」
 「海で溺れたときのことだよ。景也が助けてくれたのに、何も思い出せないなんて、我ながら酷いなと思ってさ」
 「無理に思い出す必要ないよ」


  雑談混じりに話す僕とは対照的に、景也はぴしゃりと言葉を吐き捨てた。
 なんだか機嫌が悪そうだ。思い返してみると、あの海での出来事を話題にする度、景也は良くない顔をした。思い出したくないのだろうか。いつも決まって「思い出さなくていい」と呟き、気付いたときには違う話題に誘導されている。


 「それより透、聞きたいことがあるんだけど」


  こんな風に、いつも流されてばかりだ。
  体育教師がホイッスルを鳴らす。ペアの人と交代するらしい。僕は床から腰をあげると、今度は景也の背後に立った。ストレッチする彼をサポートするためだ。


 「聞きたいこと? どうしたんだ改まって」


  長座体前屈をする景也の背中に押して、僕は尋ねる。触れた指先が熱かった。
 広くて大きい景也の背中は、一目見ただけでしっかりしているのが分かる。少し身体が触れてるだけなのに、緊張で心臓が潰れそうだった。


 「あのさ」


  そんな僕の思いは露知らず。景也はこちらに背を向けたまま、声のトーンを変えることなく言った。


 「透って、本当に遠坂と付き合ってるの?」


  その瞬間、背中を押していた手が止まる。動揺したからだ。どぐん、と身体から変な音が響き、自然と汗の量が多くなる。景也がどんな顔をしているか分からないから、不安になる。

  一ヶ月前の出来事以来、景也が僕にその手の話題を振ってきたのは初めてだった。授業中以外は常に遠坂隆二が隣に居るから、話せなかったと言っても納得はできる。けど、どうして今になってそんなことを聞くのか。

  まさか、僕が景也に想いを寄せているのがバレたのだろうか。一抹の不安が頭を過ぎり、具合が悪くなってくる。地面だと思って立っていた場所が、ぐにゃりと歪み出す幻覚さえ見える。
 どうしよう。何か答えないと。迷ったすえ、僕はわざと「え?」と聞こえなかった振りをした。我ながら酷い演技だ。トボける僕を見て何を思ったのか。景也はくるりとこちらを振り返ると、いつもの優しい笑顔を浮かべた。


 「最近一緒に居る時間が少ないから、寂しいって言ったんだ。同じクラスなのに、透と話したのが凄く前のことに感じるから」
 「……あ」


  言われてようやく、景也の言いたいことが分かった気がした。遠坂隆二と偽の恋人を演じる前まで、僕たちは毎日のように一緒にいた。
 景也からしてみれば、仲のいい幼馴染が、自分に相談もなしに知らない男と付き合って、そいつとばかりつるんでいるのだから、不機嫌になっても仕方ないはず。気持ちがバレたのではと焦ったが、笑顔の裏に、拗ねた子供の顔を隠した景也を見たら、醜い自分を恥ずかしく思った。


  「ごめん景也、僕が悪かった。君には相談するべきだったのに」


  こんな状況でも、全てを正直に話せないことがもどかしい。項垂れる僕の頭に、ぽんっと柔らかな重みが乗る。顔をあげると、純粋無垢な笑顔を浮かべて、景也が僕の頭を撫でてきた。


 「困ったことがあったらいつでも頼ってね。透のお願いなら、何でも叶えるから」


  昔から何も変わらない。お日様のように眩しくて優しい景也を前に、僕の心臓はずきりと痛む。君のことが好きだと言っても、果たして同じ顔をしてくれるだろうか。
  体育教師がホイッスルを鳴らす。集合の合図だ。「行こう透」と、みんなの輪の中に戻っていく景也から、しばらく目を離すことができなかった。

 ※

  景也とゆっくり話せたのもそこまで。
 休み時間の度に現れる腹黒悪魔が、周りから僕を隔離した。見せつけるように手を握り、ラブラブ恋人を演じる姿に、僕は何度笑いそうになったか分からない。
  遠坂隆二がここまでするのは、彼に好意を寄せる多くの生徒から逃げるためだろう。とはいえ、僕を隠れ蓑にするのはやめて欲しい。


 「透、迎えに来たぞ」


  放課後になると、当たり前の顔をして、遠坂隆二は僕のもとへやって来た。ずかずかと突き進む姿は、獲物を見つけたハンターのようだ。


 「俺に会いたかっただろ」
 「チャイムが鳴ると同時に来るなんて、僕の彼氏は足が速いんだね」
 「惚れ直したか」
 「そうかも」
 「じゃあデートするぞ」
 「……は?」


  みんなの前で堂々と、この男はいったい何を言ってるんだ。演技をするのも忘れて、僕は唖然としてしまう。それが面白かったのか。遠坂隆二は悪戯を思いついた子供のような顔をすると、固まる僕の額にキスをした。


 「聞こえなかったのか? デートだよ。なんだ、嬉しくないのかよ」
 「……えっと、嬉しいよ」
 「そうだよな。じゃあ着いてこい」


  腰に腕が伸びてきたと思えば、僕の身体はひょいっと宙に浮いていた。片手で持ち上げられていると気づき、悔しさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。

  君は何なんだ急に! 声を震わせる代わりに、目でそう訴えてみる。しかしどうだろう。僕の怒りに気づいていながら、遠坂隆二は「なんだ、そんなに嬉しいのか」と上機嫌に笑うだけだった。よく掴めない彼に、いつも振り回されてばかりだ。


 「ど、どこに行くんだよ」


  遠坂隆二の服を掴み、僕は小声で聞いてみる。彼の動きに合わせて、ふわふわ身体が揺れるから、まるでアトラクションに乗っているような気分になる。


 「バス停」
 「バス停? どこまで行くつもりなんだ」
 「そうだな。強いて言うなら、思い出の場所?」
 「馬鹿なのか。出会って一ヶ月の僕たちに、思い出なんてあるわけないだろ」
 「ないなら、今から作ればいいだろ」
 「なんで僕が!」
 「あんまうるさいとキスするぞ」
 「……」


  去っていく僕たちを景也がどんな顔で見つめていたか。そのときは全く想像しなかった。

 ※