「それで、何がどうしてこんなことになってるんだ? こいつは頭がおかしくなったのか? なあ千街くん」
「あ、それが……」
「おい透、俺以外の男なんて見るなよ。俺のこと大好きなんだろ。ちゃんとこっち見ろ。もしかしてまた俺から逃げるつもりか? 言っておくがもう逃がさないからな。おまえは俺だけ見てればいい。こんな可愛いこと仕出かしたんだ。ちゃんと責任取って今日は俺にくっついてろ。いいな?」
ことは数分前に遡る。夏休みが開けたばかりの昼休み。僕は昼食を食べるために、遠坂隆二がいる教室にやって来た。これまで付き合うフリをしていたときは、誰もいない場所で食べるのが当たり前だったが……本当に彼と付き合ってからは、もう隠れる必要もなくなった。
あからさまに浮かれる僕を見て、景也は少し残念そうしながら、やはり笑顔で送り出してくれた。
しかしどうだろう。教室にやってきたものの、優しき優等生を演じる彼は、その日も先生に仕事を押し付けられて席を外していた。すぐに戻ってくるだろうが、それまでどうしよう。自分の教室に戻るか? いやせっかく来たのに戻るのか? ひとり考え込んだ後、僕は……ある選択をしたのだ。
──もういいや。隆二の席に座って待ってよう。
その考えなしの結果がどうだ。
教室から戻ってきた遠坂隆二は、自分の席に座って頬杖をつく僕を見た瞬間、全速力で僕のもとへ走ってきた。それだけには飽き足らず、驚く僕を無理やり持ち上げ、抱きかかえるようにして席に座り直したのだ。
つまり今、僕は遠坂隆二の膝の上に座らされている状態なのだ。耳元で聴こえる彼の息遣いも、密着して触れ合う肌も、何もかもが急すぎて落ち着かない。
しかし焦っているのは、どうやら僕だけらしい。この光景を見ておきながら、周りの生徒は動揺ひとつ見せなかった。むしろ「さすがバカップルだわ」と感心するようでもあったので、余計に恥ずかしくなる。
「遠坂、あまり千街くんを束縛するな。大切なら、その分相手を尊重する気持ちも大切だ。それより千街くん。遠坂に無理強させられてないか? この激重執着束縛男に嫌なことをされているなら、何も言わずに瞬きを三回してくれ。流とすぐに助けよう」
「石渡、陣内。おまえら俺をなんだと思ってんだ」
遠坂隆二の膝の上で丸くなる僕を見て言うのは、金髪の石渡流と、真面目模範生の陣内秀だった。
相変わらず僕を心配してくれる優しい二人に、思わず笑みが零れてしまう。
「陣内くんも石渡くんも、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。隆二はこう見えて優しいし、僕が嫌がることなんてしないよ。それに、僕も大好きだから……」
あれ、どこかから、激しい心臓の音が聞こえる。ど、ど、ど、とうるさいくらいに響くそれは、果たして僕から鳴っているのだろうか? 気になって自分の胸に手を当てようとして、僕は音の正体に気づく。今にも破裂しそうなくらい激しく鼓動していたのは、遠坂隆二の心臓だった。
「はあ……おまえマジで可愛すぎて困るぞ透」
「えっ」
「もう誰の目にも触れさせたくねえわ。閉じ込めて俺としか会話できないようにしたい。ていうか陣内、石渡。おまえら間違っても透に惚れるんじゃねえぞ。万が一にもそんな馬鹿なことがあれば、ほんとに許さないからな」
「おい秀! 遠坂のやつヤバいぞ! 目がイカれてる」
「……これはさすがに、千街くんに同情するな」
まさか、偽の恋人を演じるつもりが、本当の恋人になってしまうなんて。遠坂隆二の十数年続いた一途な想いがなければ、彼と再会しなければ、僕は未だに、何も思い出さなかったに違いない。
傍で感じる彼の体温が心地よい。僕がそっと手を握ると、鼓動をさらに激しくしながら、遠坂隆二が握り返した。顔を見合わせて、僕らはまた笑い合う。
やれやれと肩を下ろす二人を他所に、くっついた僕たちの手は、この先もずっと離れないのだった。
完

