御伽噺にはなれない―お人好し文官と奇人魔術師の宮廷事件簿―

 確信を持った誰何に、息を呑む。だが、扉が開く気配はない。
 縫い留められたように立ち尽くすアルドリックをよそに、エリアスは扉に手のひらを向けた。どんな魔術だったのか、アルドリックにはわからない。ただ、ドアは開き、きつく下を向いた少女が現れた。

「ゾフィアさん」

 こぼれた呼び名に、彼女の肩がぴくりと震える。だが、それだけだった。それ以上を目線で制し、エリアスが問いかける。彼の足元では、「黒狼」が鳴き声を上げ続けていた。

「俺たちにこれを差し向けただろう。俺たちはおまえを理不尽に扱ったか?」
「いえ」

 震える声が答えたものの、彼女はうつむいたまま。エリアスはさらに問い重ねた。

「差し向けたことは認めるのか?」
「だって、……」

 感情を押し殺すように、ゾフィアが頭を振る。

「でも、騙したんでしょ、私のこと」
「え……」

 下を向いた彼女の顔は見えない。けれど、全身からは、羞恥と怒り。そうして悲しさがあふれ出していた。
 まさかという思いと、そうなのだろうなという申し訳なさ。アルドリックは質問を振り絞った。

「もしかして、聞いて?」

 彼女がかすかに頷く。恐る恐るエリアスを見上げると、いかにもしれっとした調子で彼は肩をすくめた。

「少し前から、防音の術式を切っていた。言うのを忘れていたが」

 それは、もしかしなくとも、「おまえはなんのためにここにいる」と問いかけたあたりからか。
 本当に、きみは、全力過ぎるんだよ。というか、頼むから、騙し討ちみたいな真似はやめてくれないかな。言いたいことはもろもろあったものの、自分が言うべきことはそれではない。
 自分と同じ地味なこげ茶の髪を見つめ、アルドリックは口を開いた。

「ごめん」

 びくりと彼女の髪が揺れる。誤魔化さずに理由を告げることが最後の誠意だろうと、アルドリックは説明することを選んだ。

「僕は宮廷の事務官で、学院の事件の解決のために、魔術師殿と一緒に派遣されたんだ。きみが僕と喋りやすいと思ってくれたのは、同年代の男の子じゃなかったからだよ」
「宮廷の事務官……?」
「うん、そう。その、恥ずかしい話なんだけど、昔からどうにも童顔で。本当は制服を着る年じゃまったくないんだけど」
「え」

 腹立ちより驚きが勝ったのかもしれない。ずっとうつむいていた顔が上がる。丸くなった瞳に、できる限り柔らかにアルドリックはほほえんだ。なにを思ったのか、エリアスが口を挟む。

「こいつは俺より年上だ」
「ちょっと、言わなくていいよ、そういうことは」

 完全に涙の引っ込んだ――ちょっと引いているくらいの少女の顔が、ほっとするやら、さすがに気恥ずかしいやらで、アルドリックはおざなりに言い捨てた。

「僕だって好き好んで制服を着てるわけじゃないんだから。……ああ、いや、その、事件を解決したいと思っていたことは本当なんだけど」

 後半は彼女に向かって取り繕い、改めて呼びかける。

「ねぇ、ゾフィアさん」

 ゾフィアは目を逸らさなかった。その瞳を見つめ、諭す言葉を紡ぐ。

「これも聞いていたかもしれないけど、僕は本当は魔力がないんだよ。小さいころは魔術師になりたくて、この学院にも憧れていたんだけど。だから、編入してびっくりしたんだ」

 ここは憧れなんてきれいな言葉で飾れる場所じゃなかったね。そう告げた途端、こげ茶の瞳にじわりと涙の膜が浮かんだ。

「わ、私」

 堰を切ったように、彼女が話し始める。

「憧れてたんです。魔術師になりたくて、入学許可書が届いた時は、本当にうれしくて、なのに」
「うん。それなのに、よくがんばったね。月並みな言葉だけど、本当にすごいと思う。僕はきみも尊敬するよ」

 苦しい環境で、それでも、と。目標のためにがんばり続けることは、言葉で言うことは簡単でも、すごく、すごく難しいことだ。

「きみの力になりたいと思った気持ちも本当のつもりだった。任務から外れたことをしてる自覚があっても、放っておけなくて。きみと、……これは僕の勝手なんだけど、僕の知らない学院生だった彼が重なったんだと思う」
「私……」

 うろ、とさまよったゾフィアの視線が、エリアスの足元に刺さる。
 彼女が口火を切ったあたりで鳴き声は小さくなったものの、今もそこで『黒狼』はかたちをとっている。