御伽噺にはなれない―お人好し文官と奇人魔術師の宮廷事件簿―

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「彼女は被害者なのに、彼女が罰せられるんだね」

 昨日の件で報告をしたいから、放課後、ヴォルフ先生の教務室に来てもらってもいいかな。
 教室で告げたアルドリックに、ゾフィアは泣きそうな顔で頷いた。謝りたいが、倉庫のできごとを教室で話すことはできないと書かれている表情に、微塵の嘘もなく。また、早朝の演習場の一件もまったく認知していない様子だった。
 生徒の目撃者がいなかったことが幸いし、レオニーの欠席は体調不良で処理され、シュミット女史の目論見通り通常の一日が終了した。……けれど。

 ――なんなんだろうな、本当に。

 放課後を迎えた、エリアスの教務室。いつもの椅子に座り、アルドリックは鬱々とひとりごちた。教務机から自分を一瞥したエリアスが淡々と口を開く。

「ふたり、魔術師になる道を絶たれている」
「……そうだけど」
「それもいじめの報いか」
「そんなことはないと思うけど、でも」

 理不尽だと思って、と呟き、アルドリックはうつむいた。
 だって、かわいそうだった。強者を窺うゾフィアの弱弱しい笑みも。それでも、と。必死に努力を続ける健気さも。
 逃げ場のない学園で、留めることのできなくなった感情を、彼女は手放しただけじゃないか。傷つける意図なんて、なかったはずだ。
 その気持ちをわかるのは、僕ではなく、きみじゃないのか。ぎゅっと拳を握り締める。

「おそらく、だが。おまえの言うとおり、はじめは無意識だったのだろう。ひとり目のときは、気がついていなかったかもしれない」

 はっとして、アルドリックは顔を上げた。青い瞳は、じっと自分を見ている。目を逸らすな、というように。

「だが、三人目を襲った今、まったく気がついていないということは無理がある。おまえの心当たりが正解だったと仮定するが。その生徒は、自分が憎む相手が次々と襲われて、自分が関与していないと思うほど能天気なのか?」
「それは……」

 言葉に詰まったアルドリックに、エリアスはひとつ溜息を吐いた。

「おまえは、なんのためにここにいる? 今回の事件の犯人を見つけるためだろう」
「そうなんだけど」

 それは、本当に、そのとおりなのだけど。正論から逃げ、曖昧な相槌を繰り返す。ほんのわずかな沈黙を経て、エリアスは話を続けた。

「気が弱いから駄目だと女傑は言っていたが、そのとおりだ。純粋に魔力の質だけで言えば、ゾフィア・ポールは高いものを持っている。レオニーという娘より、よほど」
「え……」
「気に障ったのだろうな。相手がどれほどの魔力を保有しているかということは、ある程度の魔力を持つ人間であれば目視で測ることができる」

 組紐を通して俺の魔力を流すことで、今回は誤魔化したが、と言い、彼はこうも言った。

「本来は、そういうものだということだ。優秀な魔術師になるためには、当然、努力はいる。だが、持って生まれた魔力の保有量は、努力で覆すことはできない」

 無意識に組紐を握る。わかってしまったからだ。
 どれほど努力を重ねても、魔力を持たない自分が魔術師になることはできない。すぐ隣で生まれた子どもは、あふれんばかりの魔力を持っているというのに。わけてほしいと願ったことがないとは言えない。妬みもした。割り切るまでに時間もかかった。でも。――でも。

「嫉妬の対象には十二分になりうる」
「でも、それだけじゃないじゃないか。彼女はきっと努力をしているし、それに」

 きみだって、と言いかけた直後、エリアスが立てかけていた杖に手を伸ばした。

「頭を上げるな」

 え、という間抜けな声を上げる間もなく、頭上を旋回した杖の残像に、咄嗟に身を屈める。
 ぐらりと揺れた椅子が倒れ、アルドリックは慌てて体勢を整えた。理由を聞こうとエリアスを振り仰ぐ。

「ちょ、魔術師殿!?」
「『黒狼』だ」

 エリアスの言葉どおり、彼の足元には黒いものが張りついている。
 黒い狼のようなものという被害者の表現が正確だったことを、アルドリックは知った。
 杖の先が押さえつけているそれは、生き物というよりも、黒い靄が狼をかたちどったていに近い。
 ギゥ、ギゥと獣のような声を上げて鳴くそれに、アルドリックは近づいた。「黒狼」が逃げ出そうと暴れるたび、黒い靄は空中に霧散し。だが、すぐに集まってかたちづくっていく。

「なんで、ここに」

 呟いたものの、困惑した声に答えはない。しかたなく、アルドリックはエリアスに視線を戻した。

「なんというか、きみ、わりといつも物理なんだな」
「しかたがないだろう。消滅させるわけにはいかなかったんだ」
「消滅させるわけにはいかないって、どういう」
「自分の目で見て、どれほど醜悪だろうと、どれほどプライドに障ろうと、自分の感情と認めなければならない」

 アルドリックではなく扉を見つめ、彼は言った。

「ゾフィア・ポール。いるんだろう?」