御伽噺にはなれない―お人好し文官と奇人魔術師の宮廷事件簿―

「そういう人たちなんです」

 ほとんど泣き出しそうに、ゾフィアが吐き捨てる。

「やられたほうのことなんてまったく気にしないで、好き勝手に」

 悲痛すぎる声に、アルドリックは息を呑んだ。一番つらい時期は乗り越えたんじゃないか、なんて。本当に勝手な想像だったと自分自身に心底呆れた。
 がんばって耐えることができたしても、つらいに決まっている。

「ええと、その」

 感情を抑え、アルドリックはできるだけ穏やかに問いかけた。

「ゾフィアさんは、ここのドアを壊すことはできる?」
「無理です。杖も持ってないし。杖がなくても攻撃や防衛をできるのなんて、本当に一握りの高位の魔術師の方だけで」
「だよねぇ」

 つまり、あの子は本当に特別で、だから、レオニーさんも驚き切った顔をしてたんだよねぇ。熱くなった気がする身体を宥めながら、アルドリックは扉に向き直った。
 軽く叩いてみたものの、やはり扉はしっかりとしている。体当たりで開けることは難しいだろう。どうしたものだろうか、と。無意識に組紐をなぞる。

 ……これは、ちょっとまずい気がするな。

 自分ひとりであれば構わない。だが、この現状はまずい。なにせ、時間が経てば経つほど悪化することが目に見えているのだ。

 ――簡単な防御と攻撃を行うことのできる代物だが、威力のコントロールにはコツがいる。いざというときに使用を迷う必要はないが、そうでない限りはあまり人に向けるな。多少の怪我で済めばまだしも、設定のぼろが出かねない。

 目立たないほうが良いことはわかっている。でも、これは――。頭の働きまで鈍くなった気がして、アルドリックはたらりと汗を垂らした。

 ――ちょっとだけ。ちょっとだけ攻撃してみたら、気づいてくれるんじゃないかな。

 なにかあればわかると言ったのはエリアスだ。だから、本当に少しだけ。たとえば、軽く火花を起こす程度であれば。倉庫が壊れることもなく、気づいた彼が穏当に扉を開けてくれるのではないだろうか。

「ちょっと離れてて。それで、本当に申し訳ないんだけど、僕を信用しないで」
「え……」

 戸惑った声が聞こえたものの、振り返らず、扉に手を当てる。
 潜入前に一日だけだったものの、使い方は教わった。組紐に魔力が流れていることをイメージして、それがさらに指先に回るイメージ。攻撃であれば、「弾けろ」。防御であれば「守れ」。それだけ。
 さも当然と彼は言ったが、きっと、本当は、これもとても高度なことなのだ。あの子の努力の結実。
 組紐を巻いている部分に発熱したような痛みが走って、次の瞬間。軽く火花を起こすだけだったつもりの爆発は、扉を派手に吹き飛ばしていた。崩れた扉の向こうに見えた臙脂のローブに、はは、と小さな笑いがもれる。
 間が良いというか、悪いというか。あと少し待っていれば、なにをせずとも扉は開いていたらしい。

「ごめん……大丈夫だった?」
「なにがあった」

 やり過ぎだ、とエリアスが眉をひそめる。
 そうだなぁ、どう考えてもやり過ぎだったなぁ。でも、やり過ぎるつもりはなかったんだよ。弁明しようとした台詞は体内で渦巻くばかりで、なにひとつ音になることはなかった。ぼんやりと彼を見つめる。

 ――なんでだろ、本当。

 つい先日の、みっともない八つ当たりを思い返しても、こんなことを言う義理はないと承知している。けれど、顔を見た途端に、ほっと気が抜けたのだ。そうだというのに、身体の奥はどんどんと熱くなっている。
 ふらりと前かがみになったアルドリックの肩に、温かな手のひらが触れ。その接触に、ぞくりとなにかが疼いた気がした。

「アルドリック?」
「魔術師殿」

 呼びかけに応えたつもりだったのに、青い瞳に滅多と見ない焦りがにじむ。あ、呼び方、間違えたな。遅れてアルドリックは悟った。あれ、じゃあ、なんて呼べばよかったんだっけ。今は教師で、通常は仕事仲間で、幼馴染みで、それで。

「――エリ」

 縋るようにローブに手を伸ばした直後。首の裏側に衝撃を受け、アルドリックは意識を手放した。