御伽噺にはなれない―お人好し文官と奇人魔術師の宮廷事件簿―

「なにを言っている。知っているだろう」
「いや、知らないよ」

 あまりにも堂々と宣うので、うっかり苛立ちが飛び出してしまった。
 はっとして顔を上げたものの、もう遅い。不思議そうな青い瞳に怯んだものの、アルドリックは開き直ることを決めた。
 半ば自棄だったが、言葉にしないと腹の中で膿んでしまいそうだったのだ。

「僕が知ってるのは、僕より随分と背が低かったころのきみだけだよ。今のきみのほとんどを僕は知らない」

 大人になった彼と再会して三ヶ月。たったそれだけの期間で、知らなかった彼のすべてを埋めることなど、できるわけがない。表情の変化が多少わかったところで、本当に些末事だ。

「知っているのは、あいかわらず甘いものが好きだっていうことと、対人関係をすぐに面倒くさがること。でも、なんだかんだと言って、優しいところがある。その程度の上っ面のことだよ」

 少し前。自分を善人と評した彼の声が、棘になって胸に刺さっている。違う。そんなはずはない。
 自分は、狭い村で過ごした十五年より、高等学院に入ってからの日々をはるかに楽しんだ。充実した時間の中で、エリアスのこともほとんど思い出そうとしなかった。

 ――きみの言う「好き」を放置していることも、わかっているだろうに。

 それ以上のなにを求めないことをいいことに、仕事相手として楽な距離に居座っている。
 感情が収まらず、アルドリックは深く息を吐いた。

「きみがなんで僕を好きだと言うのかも、はっきり言ってまったく理解できない」
「理解できなくとも構わない。俺がおまえを好きというだけのことだ」
「だから、それが」

 堂々巡りの気配に、前髪を掻き混ぜる。仕事中に、なにを個人的なことを言い争っているのか、と。心底自分に呆れた。
 開き直って余計なことなんて、言わなければよかった。しおれた心地で休戦を申し出る。

「もういいよ。ごめん」

 エリアスはなにも言わなかった。沈黙が居た堪れず、視線を落とす。さらに数秒。変わらない沈黙に、アルドリックはまたぽつりと非難をこぼした。

「でも、僕は、きみがここでつらい思いをしていたことも、なにも知らなかったよ」

 本当に、なにからなにまで勝手なことを言っている。
 高等学院に進学して以降、彼とろくに話をしなかったのは自分だ。たまの帰省で顔を合わすことはあっても、気まずさと罪悪感で表面的な会話しかしなかった。
 相談してくれたらよかったのに、なんて。言う資格はないだろう。

 ――相談してもらっても、僕に言えることはなかっただろうけど。

 でも、と唇を噛む。共感することくらいはできたはずだ。いい加減に面倒になったのか、呆れたように息を吐く気配がした。

「おまえに言っても、なんの意味もないだろう」
「わかってるよ!」

 思っていたとおりのことを言われ、かっとした声になる。仕事中にどうのこうのという範疇を超え、完全に子どもの癇癪だ。
 本当にどうかしている。声音を落ち着けて、アルドリックは言い直した。

「わかってる、ごめん」
「アルドリック」
「ごめん。昼休みも少し残っているし、校舎に戻るよ」

 一件目も、二件目も、発生から十日以上が経過している。現場から新規の証拠を得ることは現実的でなく、三件目の予兆があるまでは、生徒の対人関係を中心に探らざるを得ない状況だ。無論、彼は彼で様々な検証を行っているようだけれど。
 
「じゃあ、また夜に。定期報告で顔を出すよ」

 にこりとした笑みをつくり、部屋を出る。引き留める声がかからなかったことに安堵するやら、恥ずかしいやらで、アルドリックは深々と溜息を吐いた。
 本当にみっともない。こんなの、ただの八つ当たりじゃないか。