御伽噺にはなれない―お人好し文官と奇人魔術師の宮廷事件簿―

 たっぷりのクリームと木苺のジャムを添えたスコーンに、ニナ嬢おすすめのレモンタルト。
 ノイマン家の一件のお礼に渡したドライフルーツのケーキを彼女はいたく喜んで、「甘いものが好きな友達がいる」というアルドリックの世間話に、それなら、と店を教えてくれたのだ。
 かわいい店内はおすすめというだけはある賑わいようだったものの、テラス席はほどよく閑散としている。
 そのテラス席の端っこで、アルドリックは目じりを下げた。
 
「うまくいくといいな。クレイさんはいい子だし、バナードさんも厳しいけどいい人なんだ」

 お似合いだと思うんだけどな、とした台詞に、どこかうれしそうにタルトをつついていたエリアスの顔が上がる。
 正面に座すアルドリックを見る青い瞳には、なぜか明確な呆れが浮かんでいた。

「あいかわらずだな、おまえは」
「え?」
「人のことばかり考えている」
「ええ……。べつに、そんなつもりはないんだけど」

 偽善者と言われた気分で、もごもごと呟く。そんなつもりはないものの、たまに言われることではあった。
 再会した当初より強くなった日差しが、エリアスの銀色の髪を照らしている。きらめきの行方を辿り、アルドリックは目を伏せた。

「でも、好きな人には幸せでいてほしいよ」

 エリアスのことにしても、そうだ。自分にない才能を持つ彼を妬んだことはあれど、不幸になれと呪ったことはない。
 本心のつもりだったのだが、エリアスはなにも言わなかった。

 ……なんか、また余計なことを言ったかもしれないな。

 沈黙に押し負け、紅茶のカップを手に取る。離れていた時間を考えるとあたりまえのことかもしれないが、今の彼の考えはよくわからないな、と思うことがある。
 たとえば、恋愛として自分を好きということも。だからと言って、それ以上のなにを求めないことも。

「なんて、また偽善者だって言われちゃうな」
「いや」

 茶化すように笑ったアルドリックに、エリアスはゆるりと首を振った。

「おまえは善人だ」
「え……」
「そのままでいてくれ」

 予想外の台詞に、わずかに瞠目する。けれど。カップを戻すことで一拍を置き、アルドリックは苦笑を刻んだ。

「それは難しいよ」

 あたりまえのことを告げ、真面目な瞳を見つめる。

「みんな変わっていくんだよ。僕も、きみもね」
「……」
「もちろん、変わらない部分もあるだろうけど、それでも」

 今度黙り込んだ彼の表情は、完全に拗ねたものだった。そんなところばかり変わらずわかりやすくても、しかたがないだろうに。
 ほんの少し呆れたものの、拗ねさせたいわけではない。アルドリックは宥める調子でほほえんだ。

「だって、少し前までの僕ときみは、王都でお茶をする仲じゃなかったじゃないか」

 それも変化だよ、と告げれば、思案する沈黙のあとで彼は頷いた。

「……そうだな」
「そうだよ」

 きみが嫌にならない限りは、きっと、たぶん、これからも。
 後半は胸に留めてほほえめば、安心したようにフォークが動き出す。幼い面影の残る仕草だった。
 
「気に入ってくれたみたいでよかったよ。ニナちゃんのおすすめだったんだ」
「誰だ、それは」
「ええ、誰だって、ノイマン家のお嬢様のことを教えてくれた、エミールの妹の……って、エミールも覚えてないの? 薬草庫の案内をしてくれたピンクの髪の二級魔術師だよ。ほら今日だって――」

 興味のないことにはとことん無関心の彼に説明するうち、どうにもおかしくなって、アルドリックは破顔した。
 再会は予想外。一緒に仕事と言えば驚いた顔をされるし、振り回されてばかりの関係だ。組んだチームも、前途多難なこともあるだろう。
 だが、アルドリックは存外と今の日常を気に入っていた。