君の心が聴けた日を記念日としよう

 リビングにあるベッドで寝息を立てながら気持ちよさそうに眠る真由子を見つめる。

寝ていれば静かだ。特に俺に害を与えることはない。そのままずっと眠っててくれれば楽なのに。いや、もういっそこのまま眠っててくれ。こんな生活が一生続くぐらいならやってやる。最初死にたがってたもんな。俺が葬ってやる!

慎太郎は大きく深呼吸をして包丁を両手で握り直す。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

慎太郎は目を瞑り、ゆっくりと包丁を振りかぶる。

「ふぅーっ…ふぅーっ…!」

振りかぶったその手には力が入り、ガタガタと震え、呼吸は荒くなっている。

母の顔を見る。いろんな思い出が頭の中をフラッシュバックする。辛かったこと、嫌だったこと、怒られたこと、楽しかったこと、抱きしめてくれたこと、血が繋がってないのにたくさんの愛を俺にくれたこと…その思い出の全てを母への殺意で押し殺す。

そのまま母の首元目掛けて包丁を振りかざす。

包丁は首元ギリギリで止まる。

慎太郎の顔は強張り、息はまだ荒い。

「まだだ…もう一回…!今度は必ず…覚悟を決めろ…やるって決めたんだろ!」

自分に言い聞かせるように何度も何度も小声で唱える。

仕切り直してもう一度包丁を振りかぶる。

今度はさっきよりも力を込めて、速い速度で振りかざす。

しかしさっきと同じ。首元ギリギリで包丁は止まる。

「くっ…うっ…」

何故だろう。自分で殺そうと決心したのにこれ以上包丁が進んでいかない。

包丁を握ったままゆっくりと膝から崩れ落ち、その場に座り込んだ。

「でぎねぇよ…ぐそっ…俺にはでぎねぇ…」

母を殺してしまえばきっと楽になることができる。今の生活よりきっと少年院や刑務所の方が幸せだろう。そう考えて行き着いた先がこれだった。

でも母を殺すことは出来なかった。

「どんなに悪態をつかれても…家族にならなきゃよかったって言われても…血が繋がってなくても…思い出すのは楽しい思い出ばっかり」

ボロボロと涙をこぼす。

「そりゃそうだよなぁ…俺の…俺の母さんだもんなぁ」

握りしめていた包丁からゆっくりと手を離す。

「父さんいいなぁ…今頃楽しいだろうなぁ…俺も楽になりてぇよ…どうやったらなれんのかな」

自分置いて全てを押し付けていった父を恨むどころか羨む事のほうが多かった。

「あはは…俺には無理だ。やっぱり諦めよう…」

慎太郎は何事もなかったかのように自分の部屋へと戻り、眠りについた。