何か言ってはいけないことを言ってしまったような気がする。いや、気がするではない言ってしまった。私が私じゃない。障害を持ってしまったから?違う。周りにバレてしまったら?多分そんなことはどうでもいい。
何よりも大切にしてきた家族。
それが私の怪我でバラバラになっていく。旦那がいなくなって息子はついに野球部を辞めた。自分のことを優先せずに私を最優先に考えてくれるとても優しい子だ。もちろん旦那もそうだった。でも私のことを最優先にすることで2人がやりたいことができなくなるのがとても辛かった。見ててしんどかった。だからこそ、
最初から家族の形なんてなかった。
そう思ってもらえれば、私を優先するのではなく自分を優先するんじゃないかとそう思った。
でも現実は違った。どんなにこっちが追い払っても、心優しいあの2人は必ずそばにいてくれた。見捨てることなんて一度もなかった。
すぐに私が間違っていたんだと気づいた。でも自分でいれてしまった亀裂をもう修復することはできなかった。時間が経つにつれて後戻りはできなくなっていき、今のような関係になってしまった。
ーー真由子が退院して少し経った頃。
「見てよ真由子!じゃーん!」
「何これ?」
ベットフレームにオレンジ色のランプがくくり付けられた。
「ここのボタン触れてみて」
ピーンポーン。呼んでいます。
「え?すごいなにこれ?!」
「すごいでしょー?」
真由子がボタンに軽く触れるとランプが光り、呼び出しコールが鳴るようになっていた。
「ベッドのランプと連動しているやつを他の部屋にも何個か置いてあるから俺らが目離した時に何かあってもこれで知らせてくれればすぐ駆けつけられるってやつ」
「あなた…ここまでしてくれなくてもいいのに」
「いいだろ?別に」
父は眩しいほどの笑顔を見せた。
「母さん身体の具合はどう?」
「なんともないよ。ありがとう」
「慎太郎のんびりしてたら部活遅れるぞ」
「あ、うん。じゃあ父さんよろしく。行ってきます!」
大きなエナメルバックを背負い家を駆け出していく。
「あなたここ最近何日も家にいるけどお仕事は大丈夫なの?」
「うん。とりあえずは大丈夫だよ。うちの仕事はリモートでもできるから、メインは在宅勤務にしようと思って」
「でもそれじゃあ昇任が…」
「いいんだよ。昇任なんてどうだって。そんなことより家族でしょ?」
笑顔ではいてくれているが、どこか後悔しているような顔をしている。やはり私のせいで諦めたんだろう。
「ごめんね…私のせいで…」
「ううん。誰も真由子のせいだなんて思ってないよ」
「でも、昇任したかったんでしょ?」
「ううん。大丈夫だから気にしないでよ」
この日から旦那は家で仕事をするようになった。出社しなくなったからと言って別に楽になったわけではない。むしろ起きる時間も早くなっている。
息子のために毎日弁当を作り、私が呼べば必ず対応をしてくれる。仕事中でも排泄の時間になれば必ず来てくれるし、私のことを考えたメニューを作ってくれる。
そんな出来すぎている旦那にいつしか甘えてしまっていたのかもしれない。私も息子も。
こんな生活を続けて3ヶ月ほどが経った。
「あなた大丈夫?最近寝れてないみたいだけど」
「そう?寝れてるよ」
仕事の時は必ずリビングの私のそばで仕事をしている旦那だが、ここ最近、仕事中に居眠りをしてしまうことが多くなっている気がする。朝も寝坊することが少しずつ増え、疲れが見え始めていた。
「そう…それならいいんだけど」
「そんな心配されるほどやわじゃないよ」
とは言いつつも、目の下にはクマができていて、食事も取れていないのか少し痩せてきていた。
ーーそしてある日、その日は突然訪れる。
この日は朝から旦那は珍しくスーツを身に纏っていた。
「ごめん。慎太郎!今日学校休める?急遽会社に行かないといけなくなっちゃった」
「え?そうなの?まぁいいけど…会社に行くにはずいぶん大荷物だね」
片手にはボストンバック、もう一方にはキャリーケースを持ち、出張に行くような雰囲気を漂わせていた。
「……まぁ久しぶりだしな」
妙な間があった。
「慎太郎…。すまねぇなぁ……母さんを頼んだぞ」
何か変だ。何がとは言えないが何かが変だ。急に決まってごめんとかそう言う感じではない。まるでもう会わないような言い草だった。
だが引き留めることもなく慎太郎は父親を会社へ送り出した。
「母さん、おはよう。今日は父さんが会社に行くんだって。だから俺が1日家にいるから」
「そうなの。そりゃごめんね」
慎太郎は不慣れながらに頑張っていた。掃除や料理普段やらないことを不器用ながらにこなして、なんとかその日1日を耐え凌いだ。父さんが帰ってきたらやっと休憩できる。そう思っていた。
が、その夜、いくら待っても父の姿は現れなかった。時刻はすでに0時を回っている。いつもはこんなに遅くならない。残業があったとしても20時には帰ってきていた。何度も何度も携帯に連絡するも繋がらない。会社へ連絡したってこの時間じゃ留守電になるだけだ。
「父さん、帰ってこないね」
どこかで事故にでも遭ったんだろうか。それとも急に倒れて救急車で運ばれた?いろんなことが頭をよぎる。そんな不安を抱えているのは母も同じだった。
「どこで何してるのかしら」
「もしかしたら久しぶりに会社の人に会うから楽しんでるのかもね」
なんとか明るい方へ持っていこうと必死に考えた。
「そう…そうね!明日になればきっと帰ってきてるわ。今日はとりあえずもう寝ましょう」
「うん!おやすみ!」
翌日。父の姿はなかった。あったのは父の部屋にあった1通の手紙だけ。
「母さん、父さんの部屋に手紙があったよ…俺と母さん宛だってさ」
母は何かを察したのかすでに涙目になっている。その姿を見て慎太郎も全てを悟るが、最後までそんなことない。必ず帰ってくると心の中で唱え、信じていた。
「じゃあ読むね」
「うん」
『真由子、そして慎太郎へ
黙って消えゆく俺を許してください。最初は頑張ろうと思っていた介護も仕事や家事と重なり疲労が蓄積し、限界を迎えてしまいました。そして何より真由子をこれからも支えていこうと思う気持ちが無くなってしまいました。
慎太郎。押し付けるような形になってしまってすまない。お前の優しさに漬け込んでしまって申し訳ない。だけど俺の息子だきっと最後までやり切れると信じてる。
そして真由子。本当にすまない。君を最後までちゃんと愛していたかった。
さようなら』
手紙をぐしゃっと握りしめて膝から崩れ落ちた。
母は涙を流しているだけで何も言わない。いや、何も言えないくらいに泣いている。
あまりにも突然すぎる出来事に状況を飲み込むまで時間がかかった。慎太郎は自分の部屋に入りその手紙を何度も何度も読み直した。本当にもう帰ってこないのだろうか。何かの間違いでもう一度僕らの前に現れないだろうか。わずかな希望を信じて何度も読み直した。しかし、何度読んでもそんな希望すら持てないほどの手紙だった。
時間が経つにつれて少しずつ冷静さを取り戻していく。
父さんが出て行った理由は疲労。自分がもっと介護に参加していればこんなことにはならなかったのかもしれない。自分を優先せずに部活を辞めていれば父さんはもっと楽だったかもしれない。考えれば考えるほど自分のせいな気がしてきた。
「母さん。大丈夫?食事取れてないみたいだけど」
「いい…いらない」
か細い声でそう答える。
「でも食べなきゃ…」
「いらないって言ってるでしょ!あっち行ってよ。今はあんたの顔も見たくない」
「そう…」
机の上に置いてある手のつけられていない料理をゴミ箱に捨て洗い物を始める。
テレビではバラエティ番組がやっていた。芸能人がおちょけては笑いを取っている。こっちとはまるで正反対の世界のように見えた。
何よりも大切にしてきた家族。
それが私の怪我でバラバラになっていく。旦那がいなくなって息子はついに野球部を辞めた。自分のことを優先せずに私を最優先に考えてくれるとても優しい子だ。もちろん旦那もそうだった。でも私のことを最優先にすることで2人がやりたいことができなくなるのがとても辛かった。見ててしんどかった。だからこそ、
最初から家族の形なんてなかった。
そう思ってもらえれば、私を優先するのではなく自分を優先するんじゃないかとそう思った。
でも現実は違った。どんなにこっちが追い払っても、心優しいあの2人は必ずそばにいてくれた。見捨てることなんて一度もなかった。
すぐに私が間違っていたんだと気づいた。でも自分でいれてしまった亀裂をもう修復することはできなかった。時間が経つにつれて後戻りはできなくなっていき、今のような関係になってしまった。
ーー真由子が退院して少し経った頃。
「見てよ真由子!じゃーん!」
「何これ?」
ベットフレームにオレンジ色のランプがくくり付けられた。
「ここのボタン触れてみて」
ピーンポーン。呼んでいます。
「え?すごいなにこれ?!」
「すごいでしょー?」
真由子がボタンに軽く触れるとランプが光り、呼び出しコールが鳴るようになっていた。
「ベッドのランプと連動しているやつを他の部屋にも何個か置いてあるから俺らが目離した時に何かあってもこれで知らせてくれればすぐ駆けつけられるってやつ」
「あなた…ここまでしてくれなくてもいいのに」
「いいだろ?別に」
父は眩しいほどの笑顔を見せた。
「母さん身体の具合はどう?」
「なんともないよ。ありがとう」
「慎太郎のんびりしてたら部活遅れるぞ」
「あ、うん。じゃあ父さんよろしく。行ってきます!」
大きなエナメルバックを背負い家を駆け出していく。
「あなたここ最近何日も家にいるけどお仕事は大丈夫なの?」
「うん。とりあえずは大丈夫だよ。うちの仕事はリモートでもできるから、メインは在宅勤務にしようと思って」
「でもそれじゃあ昇任が…」
「いいんだよ。昇任なんてどうだって。そんなことより家族でしょ?」
笑顔ではいてくれているが、どこか後悔しているような顔をしている。やはり私のせいで諦めたんだろう。
「ごめんね…私のせいで…」
「ううん。誰も真由子のせいだなんて思ってないよ」
「でも、昇任したかったんでしょ?」
「ううん。大丈夫だから気にしないでよ」
この日から旦那は家で仕事をするようになった。出社しなくなったからと言って別に楽になったわけではない。むしろ起きる時間も早くなっている。
息子のために毎日弁当を作り、私が呼べば必ず対応をしてくれる。仕事中でも排泄の時間になれば必ず来てくれるし、私のことを考えたメニューを作ってくれる。
そんな出来すぎている旦那にいつしか甘えてしまっていたのかもしれない。私も息子も。
こんな生活を続けて3ヶ月ほどが経った。
「あなた大丈夫?最近寝れてないみたいだけど」
「そう?寝れてるよ」
仕事の時は必ずリビングの私のそばで仕事をしている旦那だが、ここ最近、仕事中に居眠りをしてしまうことが多くなっている気がする。朝も寝坊することが少しずつ増え、疲れが見え始めていた。
「そう…それならいいんだけど」
「そんな心配されるほどやわじゃないよ」
とは言いつつも、目の下にはクマができていて、食事も取れていないのか少し痩せてきていた。
ーーそしてある日、その日は突然訪れる。
この日は朝から旦那は珍しくスーツを身に纏っていた。
「ごめん。慎太郎!今日学校休める?急遽会社に行かないといけなくなっちゃった」
「え?そうなの?まぁいいけど…会社に行くにはずいぶん大荷物だね」
片手にはボストンバック、もう一方にはキャリーケースを持ち、出張に行くような雰囲気を漂わせていた。
「……まぁ久しぶりだしな」
妙な間があった。
「慎太郎…。すまねぇなぁ……母さんを頼んだぞ」
何か変だ。何がとは言えないが何かが変だ。急に決まってごめんとかそう言う感じではない。まるでもう会わないような言い草だった。
だが引き留めることもなく慎太郎は父親を会社へ送り出した。
「母さん、おはよう。今日は父さんが会社に行くんだって。だから俺が1日家にいるから」
「そうなの。そりゃごめんね」
慎太郎は不慣れながらに頑張っていた。掃除や料理普段やらないことを不器用ながらにこなして、なんとかその日1日を耐え凌いだ。父さんが帰ってきたらやっと休憩できる。そう思っていた。
が、その夜、いくら待っても父の姿は現れなかった。時刻はすでに0時を回っている。いつもはこんなに遅くならない。残業があったとしても20時には帰ってきていた。何度も何度も携帯に連絡するも繋がらない。会社へ連絡したってこの時間じゃ留守電になるだけだ。
「父さん、帰ってこないね」
どこかで事故にでも遭ったんだろうか。それとも急に倒れて救急車で運ばれた?いろんなことが頭をよぎる。そんな不安を抱えているのは母も同じだった。
「どこで何してるのかしら」
「もしかしたら久しぶりに会社の人に会うから楽しんでるのかもね」
なんとか明るい方へ持っていこうと必死に考えた。
「そう…そうね!明日になればきっと帰ってきてるわ。今日はとりあえずもう寝ましょう」
「うん!おやすみ!」
翌日。父の姿はなかった。あったのは父の部屋にあった1通の手紙だけ。
「母さん、父さんの部屋に手紙があったよ…俺と母さん宛だってさ」
母は何かを察したのかすでに涙目になっている。その姿を見て慎太郎も全てを悟るが、最後までそんなことない。必ず帰ってくると心の中で唱え、信じていた。
「じゃあ読むね」
「うん」
『真由子、そして慎太郎へ
黙って消えゆく俺を許してください。最初は頑張ろうと思っていた介護も仕事や家事と重なり疲労が蓄積し、限界を迎えてしまいました。そして何より真由子をこれからも支えていこうと思う気持ちが無くなってしまいました。
慎太郎。押し付けるような形になってしまってすまない。お前の優しさに漬け込んでしまって申し訳ない。だけど俺の息子だきっと最後までやり切れると信じてる。
そして真由子。本当にすまない。君を最後までちゃんと愛していたかった。
さようなら』
手紙をぐしゃっと握りしめて膝から崩れ落ちた。
母は涙を流しているだけで何も言わない。いや、何も言えないくらいに泣いている。
あまりにも突然すぎる出来事に状況を飲み込むまで時間がかかった。慎太郎は自分の部屋に入りその手紙を何度も何度も読み直した。本当にもう帰ってこないのだろうか。何かの間違いでもう一度僕らの前に現れないだろうか。わずかな希望を信じて何度も読み直した。しかし、何度読んでもそんな希望すら持てないほどの手紙だった。
時間が経つにつれて少しずつ冷静さを取り戻していく。
父さんが出て行った理由は疲労。自分がもっと介護に参加していればこんなことにはならなかったのかもしれない。自分を優先せずに部活を辞めていれば父さんはもっと楽だったかもしれない。考えれば考えるほど自分のせいな気がしてきた。
「母さん。大丈夫?食事取れてないみたいだけど」
「いい…いらない」
か細い声でそう答える。
「でも食べなきゃ…」
「いらないって言ってるでしょ!あっち行ってよ。今はあんたの顔も見たくない」
「そう…」
机の上に置いてある手のつけられていない料理をゴミ箱に捨て洗い物を始める。
テレビではバラエティ番組がやっていた。芸能人がおちょけては笑いを取っている。こっちとはまるで正反対の世界のように見えた。
