ーーお昼頃。
「真由子さん。今日ね外すごく涼しいんですよ。ちょっとお散歩にでも行きませんか?」
夏だと言うのに今日は気温が30度を下回り、いつもよりもかなり涼しい日になっていた。
「うーん。あんまりこの感じで外に出たくないのよね。近所の人にバレたくなくて」
真由子は気怠そうな顔をしている。
「じゃあ身バレ防止でマスクとかサングラスとかつけて外出ませんか?病院と家の往復ばかりじゃストレスも溜まるでしょう?」
確かにストレスは溜まってた。外に出る時はいつも病院。息子には近所の人にバレたくないから外に出たくないと言った手前、やっぱり外に出たいとは言いにくかった。
「じゃあ少しだけ。怖いから5分だけにしましょう」
「わかりました。じゃあ車椅子に乗りましょうか」
車椅子で押されながら近所の公園へと向かう。
「どうですか?久しぶりの公園」
小さな子供たちの声が響き、それにつられるように風が吹き、緑の葉や木々が歌っているようだ。久しぶりにこんなに爽やかな気持ちになった。
「ねぇ真由子さん」
「なに?」
「ちょっと言いにくいんですけど聞いてもいいですか?」
「何よ?なんでも言って?」
村瀬は申し訳なさそうに
「ずっと前から思ってたんですけど、どうして息子さんにはあんなに当たりが強いというか…厳しいというか…そういう接し方をしてるんですか?」
と言った。
木々の音が響く。しばらくの沈黙の後、真由子はゆっくりと口を開いた。
「…そうねぇ。昔はこんなことになる前までは仲良かったんだけどねぇ…」
「そうなんですね。でもどうして」
「…旦那がねいなくなってから私もおかしくなったのよ。自分でもわかってる。息子に負担をかけてしまってるのも」
村瀬は優しく頷く。
「本当は旦那がいなくなったのは私の介護に疲れたせいなのにそれを認めたくなくて息子のせいにしてキツく当たるようになっちゃって」
「そんなことが…」
少し寂しそうな顔をしている。本当ならきっと慎太郎くんと今まで通りに話したいんだろう。でももう引くに引けなくなってしまっている。
「あら、お久しぶりですね」
甲高い嫌な声がした。
「お知り合いですか?」
「いや、知らない…」
2人の目の前には中年で小太りのおばさんが腕を組み仁王立ちをしている。
「聞き捨てならないわぁ。あんなにクレーム入れに行ってあげてたのに」
近所のスピーカーおばさんだ。この人だけには会わないようにしないとと思って気を張ってたのに、会話に夢中になってしまった。ていうか、こんな真っ昼間に公園って暇かよ。
「別に求めてないですけど」
「あっそ。ていうか何これ」
おばさんは車椅子ジロジロと見回す。
「何のこれ!やっぱりあんた身体おかしくしてたのねぇ!しかもヘルパーさんでしょ?!介護までしてもらってるじゃない!」
わざと他人に聞こえるように大きな声を出している。ホント嫌なやつ。
「最近おかしいと思ったのよねー」
「何がですか?」
「慎太郎くん。公園で素振りするのやめたでしょ?あんなに言うこと聞かなかったのに急にどうしたんだろうと思って様子を見てたのよ」
様子を見てたって要はストーカーと一緒じゃん。
「そしたら平日ちょこちょこ学校休むようになって、さらには見知らぬ人も出入りするようになって。あんた息子に介護してもらってんのねぇ!旦那はどうしたのよ旦那は!」
「……」
「え?!あらやだ!逃げられたの!嘘でしょ?大丈夫なの?」
心配してるような言葉を並べるが声も弾んでいるし表情もにこやかだ。心の中では馬鹿にしているんだろう。もしくは話題ができたと喜んでいるかの二択だろう。
「バチが当たったのよ!」
全然二択じゃなかった。
「公園で素振りするなってあれだけ注意してたのに言うこと聞かないし、町内会の集まりには一度も出たことない。そんな人こうなって当然だわ!しかも息子に介護までさせて。まるで奴隷じゃない」
真由子は俯いたまま何も言わなかった。
「誰も助けないわよ」と捨て台詞を吐き、おばさんは公園から出て行った。
「…真由子さん」
「……。」
「すみません。私が外に出ようなんて言ったから」
「…村瀬さんのせいじゃないわ」
「…はい。今日はもうおうちに帰りましょう」
ーー現在。
「…ということがあって」
慎太郎はその場でうなだれた。
1番恐れていたことが起こってしまった。そして1番知られたくない人間に知られてしまった。考えうる1番最悪のケースだ。
玄関で靴を脱ぎ捨てリビングへと走る。
「母さん。とりあえず村瀬さんから聞いたよ」
母の目線がゆっくりとこちらを向く。
「あんたのせいよ」
「は?」
「近所のおばさんに見つかってたらしいじゃ…」
あぁこれは長くなるやつだ。玄関先で突っ立っていた村瀬に帰っていいと伝え、慎太郎は覚悟を決めたようにリビングの真ん中に座り込む。
「あれほど周りには知られたくないって言ったでしょ?!」
半分ぐらい聞いてなかったが多分怒ってる。
「そんなのしょうがないじゃん。こっちだってそんなのばっかり気にしてたら学校にも行けないわ」
「だからってバラすことないでしょ?!」
「バラしてないだろ!何言ってんだよ!
「あんたがバラしたようなもんじゃない!」
慎太郎が何か言おうとしたが口を閉じた。
「介護もまともにできない、私のこともバラす、あんたのせいであの人も出て行って!一体何ができるのよ!」
「俺のせい…?」
「そうよ!そもそも私がこんなふうになったのも!あんたのせいじゃない!あんたが球場に来いなんて言わなければこんなことにはならなかったわ!」
「そんな…そうだとしても、言いがかりが過ぎるんじゃ…」
「何もかもあんたのせいよ!」
そして真由子は思い切り息を吸い込み
「あんたと家族になんてなるんじゃなかった!」
と言い放った。
久しぶりに理不尽に物を言われた気がする。いつもなら心には残らないが、流石に慎太郎も堪えた。その場に立ち尽くし、しばらく動けなくなっていた。
今まで母のためにやってきたこと全てを否定された挙句、家族という関係まで否定された。楽しかったあの時の家族の形は今バラバラになり、一つピースは欠けて、残った2つは言葉で傷つけ合い、バラバラの方向を向いている。
「真由子さん。今日ね外すごく涼しいんですよ。ちょっとお散歩にでも行きませんか?」
夏だと言うのに今日は気温が30度を下回り、いつもよりもかなり涼しい日になっていた。
「うーん。あんまりこの感じで外に出たくないのよね。近所の人にバレたくなくて」
真由子は気怠そうな顔をしている。
「じゃあ身バレ防止でマスクとかサングラスとかつけて外出ませんか?病院と家の往復ばかりじゃストレスも溜まるでしょう?」
確かにストレスは溜まってた。外に出る時はいつも病院。息子には近所の人にバレたくないから外に出たくないと言った手前、やっぱり外に出たいとは言いにくかった。
「じゃあ少しだけ。怖いから5分だけにしましょう」
「わかりました。じゃあ車椅子に乗りましょうか」
車椅子で押されながら近所の公園へと向かう。
「どうですか?久しぶりの公園」
小さな子供たちの声が響き、それにつられるように風が吹き、緑の葉や木々が歌っているようだ。久しぶりにこんなに爽やかな気持ちになった。
「ねぇ真由子さん」
「なに?」
「ちょっと言いにくいんですけど聞いてもいいですか?」
「何よ?なんでも言って?」
村瀬は申し訳なさそうに
「ずっと前から思ってたんですけど、どうして息子さんにはあんなに当たりが強いというか…厳しいというか…そういう接し方をしてるんですか?」
と言った。
木々の音が響く。しばらくの沈黙の後、真由子はゆっくりと口を開いた。
「…そうねぇ。昔はこんなことになる前までは仲良かったんだけどねぇ…」
「そうなんですね。でもどうして」
「…旦那がねいなくなってから私もおかしくなったのよ。自分でもわかってる。息子に負担をかけてしまってるのも」
村瀬は優しく頷く。
「本当は旦那がいなくなったのは私の介護に疲れたせいなのにそれを認めたくなくて息子のせいにしてキツく当たるようになっちゃって」
「そんなことが…」
少し寂しそうな顔をしている。本当ならきっと慎太郎くんと今まで通りに話したいんだろう。でももう引くに引けなくなってしまっている。
「あら、お久しぶりですね」
甲高い嫌な声がした。
「お知り合いですか?」
「いや、知らない…」
2人の目の前には中年で小太りのおばさんが腕を組み仁王立ちをしている。
「聞き捨てならないわぁ。あんなにクレーム入れに行ってあげてたのに」
近所のスピーカーおばさんだ。この人だけには会わないようにしないとと思って気を張ってたのに、会話に夢中になってしまった。ていうか、こんな真っ昼間に公園って暇かよ。
「別に求めてないですけど」
「あっそ。ていうか何これ」
おばさんは車椅子ジロジロと見回す。
「何のこれ!やっぱりあんた身体おかしくしてたのねぇ!しかもヘルパーさんでしょ?!介護までしてもらってるじゃない!」
わざと他人に聞こえるように大きな声を出している。ホント嫌なやつ。
「最近おかしいと思ったのよねー」
「何がですか?」
「慎太郎くん。公園で素振りするのやめたでしょ?あんなに言うこと聞かなかったのに急にどうしたんだろうと思って様子を見てたのよ」
様子を見てたって要はストーカーと一緒じゃん。
「そしたら平日ちょこちょこ学校休むようになって、さらには見知らぬ人も出入りするようになって。あんた息子に介護してもらってんのねぇ!旦那はどうしたのよ旦那は!」
「……」
「え?!あらやだ!逃げられたの!嘘でしょ?大丈夫なの?」
心配してるような言葉を並べるが声も弾んでいるし表情もにこやかだ。心の中では馬鹿にしているんだろう。もしくは話題ができたと喜んでいるかの二択だろう。
「バチが当たったのよ!」
全然二択じゃなかった。
「公園で素振りするなってあれだけ注意してたのに言うこと聞かないし、町内会の集まりには一度も出たことない。そんな人こうなって当然だわ!しかも息子に介護までさせて。まるで奴隷じゃない」
真由子は俯いたまま何も言わなかった。
「誰も助けないわよ」と捨て台詞を吐き、おばさんは公園から出て行った。
「…真由子さん」
「……。」
「すみません。私が外に出ようなんて言ったから」
「…村瀬さんのせいじゃないわ」
「…はい。今日はもうおうちに帰りましょう」
ーー現在。
「…ということがあって」
慎太郎はその場でうなだれた。
1番恐れていたことが起こってしまった。そして1番知られたくない人間に知られてしまった。考えうる1番最悪のケースだ。
玄関で靴を脱ぎ捨てリビングへと走る。
「母さん。とりあえず村瀬さんから聞いたよ」
母の目線がゆっくりとこちらを向く。
「あんたのせいよ」
「は?」
「近所のおばさんに見つかってたらしいじゃ…」
あぁこれは長くなるやつだ。玄関先で突っ立っていた村瀬に帰っていいと伝え、慎太郎は覚悟を決めたようにリビングの真ん中に座り込む。
「あれほど周りには知られたくないって言ったでしょ?!」
半分ぐらい聞いてなかったが多分怒ってる。
「そんなのしょうがないじゃん。こっちだってそんなのばっかり気にしてたら学校にも行けないわ」
「だからってバラすことないでしょ?!」
「バラしてないだろ!何言ってんだよ!
「あんたがバラしたようなもんじゃない!」
慎太郎が何か言おうとしたが口を閉じた。
「介護もまともにできない、私のこともバラす、あんたのせいであの人も出て行って!一体何ができるのよ!」
「俺のせい…?」
「そうよ!そもそも私がこんなふうになったのも!あんたのせいじゃない!あんたが球場に来いなんて言わなければこんなことにはならなかったわ!」
「そんな…そうだとしても、言いがかりが過ぎるんじゃ…」
「何もかもあんたのせいよ!」
そして真由子は思い切り息を吸い込み
「あんたと家族になんてなるんじゃなかった!」
と言い放った。
久しぶりに理不尽に物を言われた気がする。いつもなら心には残らないが、流石に慎太郎も堪えた。その場に立ち尽くし、しばらく動けなくなっていた。
今まで母のためにやってきたこと全てを否定された挙句、家族という関係まで否定された。楽しかったあの時の家族の形は今バラバラになり、一つピースは欠けて、残った2つは言葉で傷つけ合い、バラバラの方向を向いている。
