慎太郎は制服のまま、眠ってしまっていた。目が覚め、時計を見ると午前2時を回っていた。
「寝ちゃった…お風呂入らなきゃ」
そうは思っても面倒で体が動かない。もう明日でいいやと諦めて再び眠りにつこうとした時、
ーーピンポーン。呼んでいます。
ブザーが鳴った。母親が呼んでいる。
ため息をつきながら重たい体を無理やり起こし、リビングへと向かう。
「なに?」
「暑い。エアコンつけて」
「さっき寝る前にこの温度で良いって言ったじゃん」
「いいからつけて」
「何度?」
「26」
エアコンをつけ、リモコンを雑に床に投げ捨てる。
「設定したからね。もう呼ばないでね」
「どうも」
起きたついでだ、お風呂に入ろう。
こんなことしてるからきっと授業中も寝てしまうんだろうな。そんなことを思いながら頭を洗う。
「うわぁすごい」
手についた抜け毛の量を見て少し心配になる。ここ最近また抜け毛が多くなってきた気がする。ストレスだろうか。まぁそんなことはどうでもいい。早く上がって横になろう。
身体を洗って浴室を出たあと、目にも止まらぬスピードで身体を乾かし再びベッドへ飛び込む。その時間わずか5分ほど。
眠りについて程なく、すぐに日は昇る。
ーーミーンミンミンミン…
今日もセミの鳴き声で目が覚める。
起きて早々部屋のカレンダーに目が行く。今日の日付のところには赤い丸が付いていた。
今日は定期検診の日か。学校休むこと言ってねぇや。まぁいいかあとで言えばなんとかなるだろ。
「母さん、おはよう。今日定期検診だから病院に行くよ」
「うん。言われなくてもわかってる」
朝から掃除、洗濯を済ませ、母が病院に行けるように準備をする。
「準備できた?もう行こう」
「え?ちょっと待って。まだゴミ出ししてないから」
「早くしろよ鈍臭いな」
慎太郎はアパートの近くにあるゴミ置き場へと向かう。
「あ、おはようございます」
「あら。この時間に会うの珍しいね。最近は時々あるけど」
「えぇ。まぁ…」
近所のおばさんだ。普段は気のいい人で嫌な人ではないと思うが、噂話が大好きでこの人の耳に入れば1日あれば少なくとも町中には広まっている。いわゆる人間スピーカーのような人だ。
「今日は学校休み?」
「えぇ。まぁそんなとこです」
「なんで?」
時々こういう鋭い質問が飛んできたりする。普通ならこれで終わるはずの会話をどこまでも掘り下げて続けようとしてくる。答え方によってはめんどくさいことにもなるから気を遣わなきゃいけない。決して嫌な人ではない…多分。
「えと…開校記念日?だっけな?」
「へぇ。さっき慎太郎くんと同じ制服を見たけど気のせいだったのかしら?本当はどうなの?」
訂正する嫌なやつだ。ていうかめんどくさい。どうしてここまで無関係の他人に突っかかってかれるのか。
慎太郎はゴミ置き場にゴミ袋を投げ入れ、何も言わず、そそくさとその場を後にした。
「ごめん、遅くなった。じゃあ行こうか」
あの場に母がいなくてよかったと心から思う。
母は車椅子姿を周りに見られることを極度に嫌がっていた。昔から人との関わりを嫌うタイプではあったが、それはそれでこういう時に困る。もっと交流があれば助けてくれる人はいたかもしれないのに。
病院へ着くと、予想通り誰も並んでおらず、灼熱の中外で待つことになった。
そしてその暑さは徐々に母をイライラさせていく。
「あっついわねー。なんなのよ一体!」
「…この時間に出なければもうちょっとマシだったんじゃない?」
「いやよ。他の人にこんな姿見られるなんて。もうすでに噂は立ってるでしょうけどね」
「何がそんなにやなんだよ」
すごい形相で母に睨まれた。
「交通事故に遭って麻痺になったから息子に世話してもらってます。さらに旦那にも逃げられました。なんてこと言えると思う?」
「…いやぁ」
「私は恥ずかしくて言えないわ。そもそも言ったら有る事無い事言われて、近所のおばさんたちの標的になること間違いなし」
まぁうちの近所には歩くスピーカーのようなおばさんたちがいっぱいいる。その人たちにバレたらあっという間に広まっていくことは間違いではない。
病院の扉が開き、ようやく中に入ることできた。
「立石さんですね?」
「はい。そうです。母の定期検診で来ました」
「真由子さんの…はい。わかりました。まずは診察を行なってそのあとリハビリという流れになりますので、後ろの席でお待ちください」
ここの病院はあの時のことを思い出す。
人生で1番嫌な思い出だ。
ーー1年ほど前。
まだ立石家がバラバラになる前の話。
「ただいまー」
「おかえり」
「また張り紙貼ってあったよ。近所の高校生が公園でバット振ってて危ないって」
「また?あの公園、野球禁止じゃないんだからいいのにね。気にするんじゃない」
慎太郎は高校の野球部に所属しており、毎日家に帰ってきたあと公園で素振りやピッチング練習を行っていた。野球グラウンドがあるため野球が禁止されている公園ではないが、近所で有名なクレーマーおばさんは危ないと言い、張り紙を貼ったり、直接家に来てクレームを言いに来たりもしていた。
「わかった。そんなことより母さん見てよ!」
慎太郎は背番号1を堂々と見せつける。
「え?!1番じゃん!」
「そう!もらえたよ!」
この時まだ高校2年生だった慎太郎は野球部に所属しており、甲子園をかけた夏の大会で1番を与えられた。野球のポジションで言えば1番はピッチャー。そしてエースを意味する。
「背番号上手に縫い付けてね」
「わかった!ちゃんと測って付けるからね」
「……うん!」
「どうしたの?まだなんか言うことあるの?」
慎太郎は俯きながら照れくさそうに
「あのさ、せっかくな1番だし試合見にきてくれないかな?」
と言った。
「うーん…試合かぁ」
野球部の父母会と言えば部活と根強い関わりがあるのが有名である。差し入れや選手の送迎、親だけでの飲み会など。一度試合を見に来てしまえば、こういったところに誘われて、参加せざるを得なくなってしまう。人との交流が好きではない母からすれば、試合を見に行くと言うことは地獄に参加しろと言っているようなものだった。
「いや、無理ならいいんだ。全然強制してるわけでもないし」
「わかった。見に行くよ。せっかくの1番だし」
「まじ?!やった!」
「ちゃんと試合出て活躍してよね!」
「うん!約束する!」
慎太郎は満面の笑みで答えた。
ーーそして迎えた大会当日。
「じゃあ俺は部で集合して会場向かうから」
「うん!しっかりやるんだよ!」
慎太郎は学校に集合したのち、大会会場へと向かった。
一方、母の真由子も日焼け対策をバッチリ施し、会場へと向かっていた。
7月下旬。梅雨が明けたばかりでムシムシとしている中気温も上がり始め、いよいよ夏本番というこの時期。今日は外に出るだけでうなだれるような暑さだった。
会場へ向かう道中、真由子は赤信号のため電柱の日陰を利用して信号が青になるのを待っていた。
信号が切り替わり、半分ほど渡ったタイミングで後ろから危ない!と言う声が響いた。
気づいた時には乗用車が目の前まで迫ってきていて避ける暇すらなかった。
真由子はそのまま車に轢かれてしまった。
「おい!今轢かれたぞ!」
周りを歩いていた人たちが助けに入り、すぐに救急車が呼ばれ真由子は近くの病院へと搬送されて行った。
大会会場では慎太郎の高校の生徒たちが続々とスタンドに集まっており、賑わいを見せていた。
アップを終えた慎太郎は母の姿を見つけようとスタンドを見渡す。しかしどこにも母の姿は見当たらない。そしてそのまま試合が始まってしまった。
試合の途中、イニングの間などスタンドを何度も探すもやはり姿を見つけることはできなかった。
試合は進んでいき、最終回。最後のバッター三振に打ち取りゲームセット。慎太郎の力投が実を結び、1回戦を突破した。
自分の好投でチームを勝利に導いた嬉しさはもちろんあったが、見に行くと言っていた母が来ていない怒りのほうが強かった。
「とりあえず1回戦突破だな。お疲れ様。色々よかったこと、悪かったことあると思うからそれぞれ反省して次に活かすこと!いいな!」
「はい!」
「よし!じゃあ解散!」
試合後会場の外でミーティングを終え、スマホの画面を見ると父から何通もの不在着信が入っていた。
「もしもし父さん?どうしたの?」
「おぉ!やっと繋がった!悪いな試合中に!」
「ううん今終わったから」
何やら電話の向こうが騒がしい。
「落ち着いて聞いてくれ、俺もさっき連絡があって知ったんだが、母さんが事故に遭ったらしいんだ」
「えぇ?!」
思わず大きな声が出てしまった。チームメイトが全員振り向いている。慎太郎は少し離れた木の影に隠れて会話を続けた。
「どういうこと?事故ったって」
「どうやら大会会場の近くの横断歩道で轢かれたらしいんだ」
「そんな……それで…俺どうしたらいいの?」
「大会会場の近くの病院に搬送されたらしいからお前今すぐ向かってくれ!俺も今向かってるけどちょっと距離が遠くてもう少しかかりそうなんだ」
「わかった!」
慎太郎は急いでユニフォームを脱ぎ捨て鞄に詰め込み、走って会場を後にした。
「寝ちゃった…お風呂入らなきゃ」
そうは思っても面倒で体が動かない。もう明日でいいやと諦めて再び眠りにつこうとした時、
ーーピンポーン。呼んでいます。
ブザーが鳴った。母親が呼んでいる。
ため息をつきながら重たい体を無理やり起こし、リビングへと向かう。
「なに?」
「暑い。エアコンつけて」
「さっき寝る前にこの温度で良いって言ったじゃん」
「いいからつけて」
「何度?」
「26」
エアコンをつけ、リモコンを雑に床に投げ捨てる。
「設定したからね。もう呼ばないでね」
「どうも」
起きたついでだ、お風呂に入ろう。
こんなことしてるからきっと授業中も寝てしまうんだろうな。そんなことを思いながら頭を洗う。
「うわぁすごい」
手についた抜け毛の量を見て少し心配になる。ここ最近また抜け毛が多くなってきた気がする。ストレスだろうか。まぁそんなことはどうでもいい。早く上がって横になろう。
身体を洗って浴室を出たあと、目にも止まらぬスピードで身体を乾かし再びベッドへ飛び込む。その時間わずか5分ほど。
眠りについて程なく、すぐに日は昇る。
ーーミーンミンミンミン…
今日もセミの鳴き声で目が覚める。
起きて早々部屋のカレンダーに目が行く。今日の日付のところには赤い丸が付いていた。
今日は定期検診の日か。学校休むこと言ってねぇや。まぁいいかあとで言えばなんとかなるだろ。
「母さん、おはよう。今日定期検診だから病院に行くよ」
「うん。言われなくてもわかってる」
朝から掃除、洗濯を済ませ、母が病院に行けるように準備をする。
「準備できた?もう行こう」
「え?ちょっと待って。まだゴミ出ししてないから」
「早くしろよ鈍臭いな」
慎太郎はアパートの近くにあるゴミ置き場へと向かう。
「あ、おはようございます」
「あら。この時間に会うの珍しいね。最近は時々あるけど」
「えぇ。まぁ…」
近所のおばさんだ。普段は気のいい人で嫌な人ではないと思うが、噂話が大好きでこの人の耳に入れば1日あれば少なくとも町中には広まっている。いわゆる人間スピーカーのような人だ。
「今日は学校休み?」
「えぇ。まぁそんなとこです」
「なんで?」
時々こういう鋭い質問が飛んできたりする。普通ならこれで終わるはずの会話をどこまでも掘り下げて続けようとしてくる。答え方によってはめんどくさいことにもなるから気を遣わなきゃいけない。決して嫌な人ではない…多分。
「えと…開校記念日?だっけな?」
「へぇ。さっき慎太郎くんと同じ制服を見たけど気のせいだったのかしら?本当はどうなの?」
訂正する嫌なやつだ。ていうかめんどくさい。どうしてここまで無関係の他人に突っかかってかれるのか。
慎太郎はゴミ置き場にゴミ袋を投げ入れ、何も言わず、そそくさとその場を後にした。
「ごめん、遅くなった。じゃあ行こうか」
あの場に母がいなくてよかったと心から思う。
母は車椅子姿を周りに見られることを極度に嫌がっていた。昔から人との関わりを嫌うタイプではあったが、それはそれでこういう時に困る。もっと交流があれば助けてくれる人はいたかもしれないのに。
病院へ着くと、予想通り誰も並んでおらず、灼熱の中外で待つことになった。
そしてその暑さは徐々に母をイライラさせていく。
「あっついわねー。なんなのよ一体!」
「…この時間に出なければもうちょっとマシだったんじゃない?」
「いやよ。他の人にこんな姿見られるなんて。もうすでに噂は立ってるでしょうけどね」
「何がそんなにやなんだよ」
すごい形相で母に睨まれた。
「交通事故に遭って麻痺になったから息子に世話してもらってます。さらに旦那にも逃げられました。なんてこと言えると思う?」
「…いやぁ」
「私は恥ずかしくて言えないわ。そもそも言ったら有る事無い事言われて、近所のおばさんたちの標的になること間違いなし」
まぁうちの近所には歩くスピーカーのようなおばさんたちがいっぱいいる。その人たちにバレたらあっという間に広まっていくことは間違いではない。
病院の扉が開き、ようやく中に入ることできた。
「立石さんですね?」
「はい。そうです。母の定期検診で来ました」
「真由子さんの…はい。わかりました。まずは診察を行なってそのあとリハビリという流れになりますので、後ろの席でお待ちください」
ここの病院はあの時のことを思い出す。
人生で1番嫌な思い出だ。
ーー1年ほど前。
まだ立石家がバラバラになる前の話。
「ただいまー」
「おかえり」
「また張り紙貼ってあったよ。近所の高校生が公園でバット振ってて危ないって」
「また?あの公園、野球禁止じゃないんだからいいのにね。気にするんじゃない」
慎太郎は高校の野球部に所属しており、毎日家に帰ってきたあと公園で素振りやピッチング練習を行っていた。野球グラウンドがあるため野球が禁止されている公園ではないが、近所で有名なクレーマーおばさんは危ないと言い、張り紙を貼ったり、直接家に来てクレームを言いに来たりもしていた。
「わかった。そんなことより母さん見てよ!」
慎太郎は背番号1を堂々と見せつける。
「え?!1番じゃん!」
「そう!もらえたよ!」
この時まだ高校2年生だった慎太郎は野球部に所属しており、甲子園をかけた夏の大会で1番を与えられた。野球のポジションで言えば1番はピッチャー。そしてエースを意味する。
「背番号上手に縫い付けてね」
「わかった!ちゃんと測って付けるからね」
「……うん!」
「どうしたの?まだなんか言うことあるの?」
慎太郎は俯きながら照れくさそうに
「あのさ、せっかくな1番だし試合見にきてくれないかな?」
と言った。
「うーん…試合かぁ」
野球部の父母会と言えば部活と根強い関わりがあるのが有名である。差し入れや選手の送迎、親だけでの飲み会など。一度試合を見に来てしまえば、こういったところに誘われて、参加せざるを得なくなってしまう。人との交流が好きではない母からすれば、試合を見に行くと言うことは地獄に参加しろと言っているようなものだった。
「いや、無理ならいいんだ。全然強制してるわけでもないし」
「わかった。見に行くよ。せっかくの1番だし」
「まじ?!やった!」
「ちゃんと試合出て活躍してよね!」
「うん!約束する!」
慎太郎は満面の笑みで答えた。
ーーそして迎えた大会当日。
「じゃあ俺は部で集合して会場向かうから」
「うん!しっかりやるんだよ!」
慎太郎は学校に集合したのち、大会会場へと向かった。
一方、母の真由子も日焼け対策をバッチリ施し、会場へと向かっていた。
7月下旬。梅雨が明けたばかりでムシムシとしている中気温も上がり始め、いよいよ夏本番というこの時期。今日は外に出るだけでうなだれるような暑さだった。
会場へ向かう道中、真由子は赤信号のため電柱の日陰を利用して信号が青になるのを待っていた。
信号が切り替わり、半分ほど渡ったタイミングで後ろから危ない!と言う声が響いた。
気づいた時には乗用車が目の前まで迫ってきていて避ける暇すらなかった。
真由子はそのまま車に轢かれてしまった。
「おい!今轢かれたぞ!」
周りを歩いていた人たちが助けに入り、すぐに救急車が呼ばれ真由子は近くの病院へと搬送されて行った。
大会会場では慎太郎の高校の生徒たちが続々とスタンドに集まっており、賑わいを見せていた。
アップを終えた慎太郎は母の姿を見つけようとスタンドを見渡す。しかしどこにも母の姿は見当たらない。そしてそのまま試合が始まってしまった。
試合の途中、イニングの間などスタンドを何度も探すもやはり姿を見つけることはできなかった。
試合は進んでいき、最終回。最後のバッター三振に打ち取りゲームセット。慎太郎の力投が実を結び、1回戦を突破した。
自分の好投でチームを勝利に導いた嬉しさはもちろんあったが、見に行くと言っていた母が来ていない怒りのほうが強かった。
「とりあえず1回戦突破だな。お疲れ様。色々よかったこと、悪かったことあると思うからそれぞれ反省して次に活かすこと!いいな!」
「はい!」
「よし!じゃあ解散!」
試合後会場の外でミーティングを終え、スマホの画面を見ると父から何通もの不在着信が入っていた。
「もしもし父さん?どうしたの?」
「おぉ!やっと繋がった!悪いな試合中に!」
「ううん今終わったから」
何やら電話の向こうが騒がしい。
「落ち着いて聞いてくれ、俺もさっき連絡があって知ったんだが、母さんが事故に遭ったらしいんだ」
「えぇ?!」
思わず大きな声が出てしまった。チームメイトが全員振り向いている。慎太郎は少し離れた木の影に隠れて会話を続けた。
「どういうこと?事故ったって」
「どうやら大会会場の近くの横断歩道で轢かれたらしいんだ」
「そんな……それで…俺どうしたらいいの?」
「大会会場の近くの病院に搬送されたらしいからお前今すぐ向かってくれ!俺も今向かってるけどちょっと距離が遠くてもう少しかかりそうなんだ」
「わかった!」
慎太郎は急いでユニフォームを脱ぎ捨て鞄に詰め込み、走って会場を後にした。
