帰宅した僕は、ベッドの上で大の字に寝た。
天井を眺めても、壁に貼ってあるポスターを眺めても、いつの間にか目に涙がたまってしまう。
自分の女々しさが腹立たしくて、また泣けてくる。
「麟太郎、ご飯よ」
階下から母さんの声がした。
そんな気分じゃないよ。
悔しさやら悲しさやら虚しさやらで、体の中をかきまぜられたような感覚だった。
僕はまた、寝返りを打った。
どれだけの時間そうしていたのだろう。
すると、部屋の扉をノックする音が聞こえて、我に返った。
「やあ。リン」
入ってきたのは、直海さんだった。
直海さんはベッドで横になっている僕を見て、
「なんだ。調子悪いのか?」
と言って、僕の顔を覗き込んだ。
「夕飯も食わなかったらしいじゃないか。お前の母さん、心配そうだったぞ」
「……大丈夫だよ」
僕は渋々体を起こして、机に向かった。
「そうか?じゃ、まあ、始めるか」
そう言うと、直海さんは丸椅子に腰かけた。
いつもどおり直海さんに「これ、やってみ」と問題集を広げられ、設問を読もうとするけれど、目で追っているだけでまったく頭に入ってこない。
直海さんは僕の様子を静かに眺めていた。
シャーペンを握ったまましばらく動けずにいると、直海さんは僕の椅子の背もたれに手を置き、僕に顔を寄せた。
「大丈夫か?」
直海さんの穏やかな声に、一瞬心が震えてしまった。
僕の目に、また涙が浮かぶ。
「リン」
直海さんは僕の名をそっと呼んだ。
ちらりと直海さんを見上げると、直海さんは心配そうに僕を見つめていた。
直海さんの瞳に吸い込まれるかと思った。
「泣きたい時は泣け」
そう言うと直海さんは何も言わず、僕をそっと抱き寄せ、背中をぽんぽんと叩いた。
直海さんの体温を感じた途端、僕の目にたまっていた涙がほろりとこぼれ落ちた。
堪えきれず、直海さんの服をつかむ。
心にほのかに灯りがともったと感じた瞬間。
ガシャン――。
破壊的な音がして我に返った。
とっさに直海さんと音のした方を見ると、そこにはコーヒーと茶菓子を床に落としてしまった母さんが立っていた。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
なにか、言わなくちゃ。
言い訳、言わなくちゃ。
すると、直海さんはすっと立ち上がり、母さんをまっすぐ見つめた。
「……すみませんでした」
直海さんは、深々と頭を下げた。
そうじゃない。
直海さんはなにも悪いことなんてしていない。
だけど、僕はそれを口にすることができなかった。
母さんの異様なものを見る目がとても痛くて、僕は直海さんの盾に隠れてしまった。
直海さんが散らばったコーヒーカップの破片を拾おうと母さんに近づくと、
「……申し訳ないけど、今日は帰って」
と、青ざめた母さんは目を伏せたまま少し震えた声でそう言った。
直海さんは鞄をつかみ、「失礼します」と言って部屋を出て行った。
その場に残された僕は、とても気まずかった。
母さんは、フローリングにこぼれたコーヒーを黙々と雑巾で拭いている。
僕は言葉を発するのが怖くて、黙ったままコーヒーカップの破片を拾った。
「痛っ」
破片の先端で指の腹を切ってしまった。
僕の気持ちなんてお構いなしに、血はこんなにも鮮やかな赤だった。
しばらく、滲み出る血を眺めてしまった。
結局、母さんは何もしゃべらないまま部屋を出て行った。
どうしよう。
どう思ってるんだろう。
とてつもなく大きな不安に襲われた。
その時だった。
荒々しい足音が勢いよく近づいてきた。
嫌な予感がする、と思った瞬間、部屋の扉は乱暴に開けられた。
そこに立っていたのは、案の定、父さんだった。
帰宅直後にさっきの事件を母さんから聞かされたのだろう、父さんはまだスーツ姿だった。
その後ろに、不安げな表情を浮かべた母さんが立っている。
父さんは僕を睨みつけた。
「……本当なのか」
「……」
「男同士ということか」
顔を上げられない。
「答えろ」
口を開こうとしても、声にならない。
次の瞬間だった。
パシン。
「恥を知れ!」
「お父さん、ちょっ……」
母さんの言葉を遮るように、僕は部屋を飛び出した。
無我夢中で階段を駆け下り、靴に足をねじ込んで家を出た。
天井を眺めても、壁に貼ってあるポスターを眺めても、いつの間にか目に涙がたまってしまう。
自分の女々しさが腹立たしくて、また泣けてくる。
「麟太郎、ご飯よ」
階下から母さんの声がした。
そんな気分じゃないよ。
悔しさやら悲しさやら虚しさやらで、体の中をかきまぜられたような感覚だった。
僕はまた、寝返りを打った。
どれだけの時間そうしていたのだろう。
すると、部屋の扉をノックする音が聞こえて、我に返った。
「やあ。リン」
入ってきたのは、直海さんだった。
直海さんはベッドで横になっている僕を見て、
「なんだ。調子悪いのか?」
と言って、僕の顔を覗き込んだ。
「夕飯も食わなかったらしいじゃないか。お前の母さん、心配そうだったぞ」
「……大丈夫だよ」
僕は渋々体を起こして、机に向かった。
「そうか?じゃ、まあ、始めるか」
そう言うと、直海さんは丸椅子に腰かけた。
いつもどおり直海さんに「これ、やってみ」と問題集を広げられ、設問を読もうとするけれど、目で追っているだけでまったく頭に入ってこない。
直海さんは僕の様子を静かに眺めていた。
シャーペンを握ったまましばらく動けずにいると、直海さんは僕の椅子の背もたれに手を置き、僕に顔を寄せた。
「大丈夫か?」
直海さんの穏やかな声に、一瞬心が震えてしまった。
僕の目に、また涙が浮かぶ。
「リン」
直海さんは僕の名をそっと呼んだ。
ちらりと直海さんを見上げると、直海さんは心配そうに僕を見つめていた。
直海さんの瞳に吸い込まれるかと思った。
「泣きたい時は泣け」
そう言うと直海さんは何も言わず、僕をそっと抱き寄せ、背中をぽんぽんと叩いた。
直海さんの体温を感じた途端、僕の目にたまっていた涙がほろりとこぼれ落ちた。
堪えきれず、直海さんの服をつかむ。
心にほのかに灯りがともったと感じた瞬間。
ガシャン――。
破壊的な音がして我に返った。
とっさに直海さんと音のした方を見ると、そこにはコーヒーと茶菓子を床に落としてしまった母さんが立っていた。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
なにか、言わなくちゃ。
言い訳、言わなくちゃ。
すると、直海さんはすっと立ち上がり、母さんをまっすぐ見つめた。
「……すみませんでした」
直海さんは、深々と頭を下げた。
そうじゃない。
直海さんはなにも悪いことなんてしていない。
だけど、僕はそれを口にすることができなかった。
母さんの異様なものを見る目がとても痛くて、僕は直海さんの盾に隠れてしまった。
直海さんが散らばったコーヒーカップの破片を拾おうと母さんに近づくと、
「……申し訳ないけど、今日は帰って」
と、青ざめた母さんは目を伏せたまま少し震えた声でそう言った。
直海さんは鞄をつかみ、「失礼します」と言って部屋を出て行った。
その場に残された僕は、とても気まずかった。
母さんは、フローリングにこぼれたコーヒーを黙々と雑巾で拭いている。
僕は言葉を発するのが怖くて、黙ったままコーヒーカップの破片を拾った。
「痛っ」
破片の先端で指の腹を切ってしまった。
僕の気持ちなんてお構いなしに、血はこんなにも鮮やかな赤だった。
しばらく、滲み出る血を眺めてしまった。
結局、母さんは何もしゃべらないまま部屋を出て行った。
どうしよう。
どう思ってるんだろう。
とてつもなく大きな不安に襲われた。
その時だった。
荒々しい足音が勢いよく近づいてきた。
嫌な予感がする、と思った瞬間、部屋の扉は乱暴に開けられた。
そこに立っていたのは、案の定、父さんだった。
帰宅直後にさっきの事件を母さんから聞かされたのだろう、父さんはまだスーツ姿だった。
その後ろに、不安げな表情を浮かべた母さんが立っている。
父さんは僕を睨みつけた。
「……本当なのか」
「……」
「男同士ということか」
顔を上げられない。
「答えろ」
口を開こうとしても、声にならない。
次の瞬間だった。
パシン。
「恥を知れ!」
「お父さん、ちょっ……」
母さんの言葉を遮るように、僕は部屋を飛び出した。
無我夢中で階段を駆け下り、靴に足をねじ込んで家を出た。



