僕は、ここにいてもいいですか。

『気持ち、伝えられてよかった』
自分の部屋のベッドに寝転がって、天井を眺めながら、彼女の言葉がぐるぐると頭の中を巡っていた。
もし、僕が。
彼女のように自分の気持ちを伝えたりなんかしたら……。
きっと、拓矢は僕のことを気味悪がるだろう。
そして、友達でもいられなくなる。
そばにいられなくなるくらいなら、友達でいい。
告白されるたびに、自分の恋は絶対に実らないことを思い知らされる。
実るどころか、思いすら告げられないことも。
大きなため息をつきながら、腕を目頭に当てた。

その時。
トントン。
ノックの音で慌てて身を起こし「どうぞ」と声をかけた。
「こんばんは。リン」
そう言って入ってきたのは、家庭教師の直海(なおみ)さんだった。
直海さんは大学生のアルバイトだけど、教え方はとても上手でわかりやすい。
「ああ、直海さんか」
「なんだよ。その、どうでもいい奴が来た、みたいな言い方」
そう言うと直海さんは拗ねたふりをした。
「さあ。勉強するぞ」

直海さんは僕の背中をぽんっと叩いて、学習机の横に置いてある丸椅子に腰かけた。
「はーい」
「じゃ、今日は数学からな。これ、やってみ」
そう言って直海さんは、問題集を広げた。
僕は頭を勉強モードに切り替えて、問題に取りかかる。
その様子を、直海さんは僕の隣で静かに眺めている。
直海さんは時々、部屋の時計を見上げたり、足を組み替えたり、ずり落ちてくる黒縁眼鏡を押し上げたりしていた。
その様子をちらちらと見ていると、直海さんは「集中」と言って、僕の頭の向きを変えた。

一通り問題を解き終えると、直海さんは「見せてみ」と言って、答えをチェックし始めた。
「あらあらあら」
直海さんが感心したような声を出したかと思うと、
「俺の出番、なしじゃない」
と言って、にっこり笑った。
「完璧!よくできました!」
そう言うと、直海さんは僕のノートいっぱいに、惜しげもなく大きな花丸を書いた。
大学2年生の男にとっても、高校3年生の男にとっても、「花丸」は不釣り合いなものだったけど、僕はこの「花丸」が嬉しかった。
「よぉし。この調子で次いってみよう」
直海さんがにんまり笑って、問題集のページをめくった時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「はい」
そう言うと、母さんがコーヒーと茶菓子を載せた盆を持って部屋に入ってきた。
「どうぞ。休憩してくださいな」
「あ。いつもすみません」
直海さんは母さんの方を向いて、頭を下げる。
「いえいえ。お世話になっているのはこちらですから」
母さんは嬉しそうに目を細めている。
快活で礼儀正しい直海さんは、母さんに気に入られていた。
母さんは、コーヒーと茶菓子をテーブルの上に置くと、「ごゆっくり」と言って部屋を出て行った。
「なんか、いつもいつも申し訳ないな。お菓子まで出してもらって」
直海さんは母さんが出て行った扉を見つめながら、申し訳なさそうに呟いた。
「いいからいいから。直海さん、休憩しよ」
「ああ」
僕と直海さんは床に腰を下ろし、母さんが淹れてくれたコーヒーに口をつけた。

直海さんは、湯気で白く曇った眼鏡を外してテーブルの上に載せた。
「直海さん、目、大きいね」
「え?そお?」
「うん。眼鏡外すと全然感じが違う」
まじまじと直海さんの顔を見つめていると。
麟太郎(りんたろう)くん」
直海さんは僕の肩に手を置き、
「そういう台詞は、女の子に言ってやんなさい」
と言って、にやりとした。
その言葉に、僕は一瞬眉をひそめてしまった。
それを見逃さなかった直海さんに、
「ん?どした?」
と突っ込まれ、しまった、と後悔したけれど、
「え?なんでもないよ」
と、笑ってごまかした。
「ふぅ~ん」
直海さんは、じろりと横目で僕に冷たい視線を送ってきたが、僕はすましてコーヒーをすすった。