俺がこの歳で身内の介護をすることに職場の誰もが驚いているようだったが、俺にとっては自然な流れだった。ごくありふれたことではないが、ありえないことでもない。覚悟はしていた。
3月いっぱいで、高校を卒業してから務めてきた市の職員を辞める。引き継ぎもあるからしばらくは残業だ。年休も使い切れそうにない。その日も俺は上司が退勤するのを見送り、静かになった事務室でパソコンに向かっていた。
「お疲れ様です」と声を掛けてきたのは非常勤職員の瀬戸さんだった。俺より歳上で、背は俺より低い。急な呼び出しや遅い時間の勤務を頼まれることも多いが、嫌な顔ひとつせずにこなしてくれる。誰に対しても笑顔を見せて愛想が良く、気配りもできる。思い返してみれば公民館に異動になってからは彼に何かと頼りっぱなしだった。俺が「お疲れ様です」と返すと瀬戸さんは入館者数をメモした紙を渡してきた。小さなチョコレート菓子もつけて。
「ガンダムのクリアファイル欲しくてファミマでいっぱい買ったんです。どうぞ」と笑う瀬戸さん。俺は「ありがとうございます。頂きます」と小さく頭を下げて受け取った。
「箭内さん年休使い切れるんですか」
「あー、引き継ぎあるのでちょっと無理っぽいです」
「年休は労働者の権利ですよ」
「あはは、まあそうなんですけどね」と包みを開いてチョコを口に入れた。疲れた脳に糖分が効く。少し目が覚めたような気がした。「あとは私が閉めるので、瀬戸さん帰ってください」
「あ、ありがとうございます。じゃあ回覧見てから帰ろうかな」
瀬戸さんがデスクの上の書類を眺め始めた。小さい背中には大き過ぎる作業服を羽織っている。公民館勤務の年数で言えば彼の方が長いしそもそも歳上なのにどこか幼く見えてしまうのは、このオーバーサイズの服装のせいか。デスクトップの向こうの後ろ姿を見ていると思わずキーボードを打つ手が止まってしまった。
マナーモードにしてデスクの上に置いていたスマートフォンがぶるぶる震えた。着信だ。おじいちゃんがお世話になっているグループホームから。瀬戸さんに遠慮するように事務室を出て応答した。いつもの職員さんの声には焦りが滲んでいた。俺も話を聞いて一瞬頭が真っ白になった。何か答えなきゃと思って「とりあえずそっち行きます」と言って通話を切った。
事務室に戻ると俺の顔を見た瀬戸さんにすぐに「どうかしましたか」と言われた。顔に出したつもりはなかったので驚きと誰かに縋りたい気持ちで思わず「おじいちゃんが」と口にしてしまった。仕事の間は言葉遣いを気にしていたのに「祖父が」とも言えなかった。
「おじいちゃんが倒れたって」
「おじいちゃんって、これから箭内さんが介護するっていう」
「はい」俺は頷き「行かないと」とパソコンの電源を切った。瀬戸さんが駆け寄った。
「おじいちゃん福島でしたっけ」
「あ、はい」
「送って行きます」
俺は慌てて首を横に振る。「福島ですよ。ここから2時間ぐらいかかる」
「今から新幹線のチケット取るのも大変でしょ。俺が乗せていきますよ」
「いや、流石に遠いですから」
「今までお世話になったんだからこれぐらいさせてください」
正直、高速バスで行くか新幹線で行くか、駅に着いてからどうやって目的地まで行くか、その他諸々考えられるような精神状態じゃなかった。「じゃあ」と俺が呟くと瀬戸さんはすぐに荷物をまとめ始めた。
「一回家帰りますか?」
「あ、いや、大丈夫です」
「じゃ、すぐ行きましょう。高速乗ればすぐですよ」
駐車場に止まったグレーのN-VANが瀬戸さんの愛車だ。「好きな所乗ってください」と言われ助手席に座った。運転席に乗った瀬戸さんがシートベルトを締めながら「これ開けてないんでどうぞ」とペットボトルを俺の膝の上に乗せた。
発進してから「で、福島のどこでしたっけ」と瀬戸さんに言われ慌ててグループホームに連絡を取って確認した。先ほどの電話で搬送先の病院まで教えてもらったはずなのに覚えていなかった。通話を終えた俺に瀬戸さんが「カーナビに病院の住所入れてもらえますか」と言った。「はい」と頷き画面に触れた。
「あ、これ運転中でも操作できるんだ」
「そういうふうに改造したんですよー」といつもの調子で瀬戸さんが言った。少し和んだ。彼が仕事の合間に話し掛けてくれる時は大抵こんな感じだ。職場全体の空気を読んで気を遣ってくれる。本当に助かる。レバーを操作する瀬戸さんの手を見て車がマニュアル車であることに気が付いた。ひとつひとつの動作が手慣れていて、普段から長距離ドライブをしているような様子が感じ取れる。格好いいな。
途中コンビニに寄っておにぎりを適当に選んで買った。「食べててください」と言われたので助手席で腹ごしらえをした。「瀬戸さんは」と訊ねると「後で食べるんで大丈夫です」と答えた。太腿の近くに取り付けられたETC端末にカードが挿入されていることを手で確認してから高速道路に乗り入れた。
「寝てていいですよ」と瀬戸さんは言ってくれたが、おじいちゃんが気になるし何となく瀬戸さんにも悪い気がして眠れなかった。ラジオから昭和歌謡が流れてそれに耳を傾けていた。瀬戸さんが「フランク永井だ」と呟いた。俺は有楽町ってどんな街なんだろうなと思いながら道路脇の看板を眺めた。
12歳の頃お父さんとお母さんが亡くなって、俺は福島のおじいちゃんとおばあちゃんに育てられた。住んでいたのは飯野町という福島市街地から車で30分ほど移動した先の長閑な地域で、俺はそこでひっそりと青春時代を過ごした。
高校を卒業してすぐに、お父さんとお母さんが生きていた頃に住んでいた町の職員になった。進学にはあまり興味がなかった。早く働いておじいちゃんとおばあちゃんに恩返しがしたいと思っていた。
おばあちゃんが亡くなったのが3年前。おじいちゃんはひとりでも大丈夫と言っていたが、大丈夫じゃなかった。あれよあれよという間に体と脳が衰えた。1年半前から福島市内のグループホームにお世話になっていたが、夜に徘徊したり暴れ回って職員に怪我をさせた。これ以上は面倒を見られないと、やんわりと告げられた。
おばあちゃんが亡くなった時点で飯野町に戻るべきだったのだ。こうなってしまったのは俺にも責任がある。おじいちゃんと暮らすことに決めた。おじいちゃんの介護がどれくらい続くかわからないし、どんな暴力を振るわれるかもわからない。それでも俺が若くて元気な内に全力で向き合いたいと思った。
そんな矢先の、これである。白い敷布団と白い枕、白い掛け布団の中で口を開けてぼんやりとしているおじいちゃんを見ながら何とも言えない気持ちに小さく溜め息をついた。脳出血ということで、職員さん曰く風呂の後に体調不良を訴えて倒れたらしい。
これ以上良くならないと思う、という旨を医師から説明された。思いの外するっと受け入れた。おばあちゃんが亡くなった時から少しずつ意識していたことだ。おじいちゃんが死んでしまったら俺はいよいよひとりになるな、と。医師に言われるがまま書類にサインをした。
俺が呼びかけてもおじいちゃんはうんともすんとも言わない。聞こえているのかどうかもよくわからない。ずっと付き添ってくれていたグループホームの職員さんが「純希さんは一旦帰ってください。手続きのことは後で連絡するので」と言ってくれた。俺は先に病院を出た。
3月の空気はまだ冷たくて急に寂しさが増した。鼻がつんとしてじわりと涙が浮かんできた。鼻を啜って顔を上げた。瞬間、涙が引っ込んだ。10メートル先にあくびをしながら背中を反らす瀬戸さんがいたからだ。電灯にぼんやりと照らされた小さな影が動いている。思わず「瀬戸さんなんでいるんですか」と駆け寄った。こちらを見た瀬戸さんがくっきりとした黒縁の眼鏡を掛けていたので「あ、眼鏡」と漏らした。
「普段コンタクトなんです。仮眠取る時に外しちゃったから」
「そうなんですか」と言ってから小さく首を横に振る。「じゃなくて、瀬戸さん帰らないと」
「あ、箭内さん待ち伏せてたわけじゃないですよ。こんなに早く出てくると思わなくて。ちょっと寝たらひとりで帰るつもりだったんですけど」瀬戸さんはふにゃっとした笑顔を見せた。起きたばかりなのかもしれない。「箭内さんはこれからどこ行くんですか。おじいちゃんの家行きますか」
「いえ、もう帰ろうと思って」
「じゃ、帰りましょう」と運転席のドアを開ける瀬戸さん。動かない俺を見ると「どうぞ」と言った。慌てて車に乗り込んだ。
高速道路も車が少なくなってきて、大きなトラックが目立つようになった。軽自動車のN-VANがさらに小さく思える。病院ではほとんど水分を摂らなかったので喉が渇いていた。瀬戸さんから貰ったペットボトルのお茶を飲んだ。
看板に見慣れた地名が現れた頃、ようやく地元のラジオ局の電波を拾ったカーステレオが昭和歌謡を垂れ流し始めた。瀬戸さんが「いしのまきのひーとー」と歌い始めた。ぼんやりしていた俺はハッとして財布を出した。こんなに長い距離を運転させてしまった。高速代ぐらい払わなければ。
「あ、交通費とかいらないですよ」前を見ながら瀬戸さんが言った。
「でも高速代結構かかりましたよね」
「大丈夫です」
「いや流石に」
「じゃあ」と少し間を置いてから瀬戸さんは「今度福島の名産品ください。美味しいやつ」と言った。
「え」
「お金よりモノが嬉しいなー、なんて」へへへ、と子どもっぽく笑う瀬戸さん。MT車を乗りこなす姿とのギャップのせいか、やけに可愛らしく見えた。
結局瀬戸さんは俺の住んでいるアパートまで車を運転してくれた。「流石に明日は年休取りますよね」と言われ、少し迷ったが「はい」と頷いた。瀬戸さんはガソリンスタンドのレシートの裏にアルファベットの羅列を書いて渡した。
「俺ができる仕事あればこのアカウントにLINEください」
「瀬戸さん出勤するんですか」
「さっき寝たし、帰ってからも寝られるから全然いけます」にっと笑うと「じゃ、お疲れ様でした。お休みなさい」と窓を閉めてさっさと行ってしまった。俺はしばらくレシートに書かれた瀬戸さんの小さくて控えめな文字を眺めていた。
結局、おじいちゃんが入院したことは職場では言えなかった。わざわざ公務員という安定した仕事を辞めて介護をすると宣言したのに、こんな形で躓くなんて。瀬戸さんも運転手を買って出たことは誰にも話していないようだった。その配慮がありがたかった。
送別会に瀬戸さんは出席しなかった。瀬戸さんは職場の食事会や飲み会にはほとんど参加しない。最後に改めて直接お礼を言いたかったが、言いそびれてしまった。
本庁に転出届を提出した。同期と目が合ったが軽く会釈するだけで済ませた。飯野町へは電車と高速バス、県営バスを乗り継いで向かった。瀬戸さんと一度一緒にここまで来てしまったせいか、少し寂しかった。
俺がこれから住む家は、市役所の飯野支所に近い商店街の一角にある一軒家だ。今は寂れているが一応この町のメインストリートである。おじいちゃんは若い頃洋菓子店で働いていてその流れで鶏卵を卸して売るようになり、その仕事をお父さんが独り立ちするまで続けていたそうで、その名残か家には玄関の他にもうひとつ広い出入り口がある。大通りに面しているのはこの出入り口の方で、家の出入りは何かとこちらを使いがちだった。今回も俺はここから家に入って荷物を下ろした。
家具も家電も年季は入っているがまだ使えるものが家に揃っている。アパートから持ってくるものはほとんどなかった。外の水抜き栓を開けブレーカーを上げてから居間の電気とテレビを点けた。
この家でこんなひっそりとした時間を過ごすのは初めてかもしれない。俺が高校を卒業するまではおじいちゃんとおばあちゃんが俺をひとりにしないように仕事や用事を調整してくれていたし、たまに帰省する時にも温かく迎えてくれた。思春期には煩わしいと思うこともあったが、今思えばその優しさがありがたい。音がなくなると寂しさに襲われそうでテレビをつけたまま風呂に入った。お父さんとお母さん、おばあちゃんやご先祖様の位牌のある仏壇の前に布団を敷いて眠った。
翌日、飯野支所に転入届を提出した。町の情報が載った書類をどっさり渡された。隣近所と町内会の区長さんの家に手土産を持って挨拶をし、スーパーに買い出しに行った。地元の洋菓子店のお菓子が売られているのを見てふと思い出した。
家に帰ってから瀬戸さんにメッセージを送った。「お仕事お疲れ様です。名産品を送りたいのですが、住所を教えて頂けませんか」
日が暮れてから返事が来た。「お疲れ様です。本当にくれるんですか!わざわざすみません。ありがとうございます。今度の金曜どこかドライブ行こうと思ってたので、直接受け取りに行っていいですか?」
「まじ?」思わず声が出た。瀬戸さんってドライブ趣味だったりすんのかな。そういえば仕事してる時に瀬戸さんの趣味とか私生活とか、あまり聞いたことがなかった。お互いプライベートなことを積極的に話すタイプでもなかったし。
その日のうちに家の中を掃除した。ここに帰ってきてからほとんど使っていない2階の部屋まで掃除機をかけた。やっとやる気になったのだ。
その晩、夢におじいちゃんが出てきた。グループホームの暖かく広く清潔感のあるロビーで大きな椅子に座っていた。
「純希はまだ役場か」と認知症になってからの彼の口癖を聞いた。俺が公務員になったのがよっぽど嬉しかったのだろう。ことあるごとに「役場か」と訊いてきた。
「辞めたよ、おじいちゃんと暮らすために退職して飯野に来たんだよ」と俺は答えた。夢の中なので俺の思考回路もぐちゃぐちゃになっている。
「なんだやー、父ちゃんと母ちゃん心配してるべ」
「お父さんもお母さんも死んだよ」
「んだべか」
「んだよ」
「ひどいなや、じいじが面倒見てけっから」
「大丈夫だよ」
そこで目が覚めた。インスタントコーヒーを飲んでおじいちゃんの着替えを抱えて家を出た。お見舞いにでも行こう。
商店街はほとんどの店がシャッターを閉めているか、開店休業中か、店頭での販売を辞めてショーケースがすっからかんになっているかの三択だ。飯野町に限らずどこの町でもそうなのだから仕方ない。だが、街路灯にぶら下げられたベース盤型の旗だけはやけに綺麗で新しく、この景色にはそぐわなかった。青っぽい背景に白抜きで描かれた円盤。でかでかと書かれた「UFO」の文字。
俺は小さく溜め息をついた。まだこれやってんのか。ひとり言を漏らした。
飯野町がUFOで町おこしを始めたのは俺が生まれる前の話だ。この辺りでUFOの目撃が相次いだとか、多分そういうことなのだと思う。興味がないのでよくわからない。ご当地キャラクターは宇宙人、地区内のバス停にはUFOのモニュメント、商店街には至る所に宇宙人と思われる石像が点在している。
「ここ来る途中いくつか像あったんですけど、なんですか?」
案の定、瀬戸さんにもそう言われた。俺はお茶を淹れながら「UFOで町おこしをしてて」と答えた。「私もよくわからないんですけど」
「へー、面白い。そういうのいいですよね。うちの町もなんかやればいいのに」
「あはは、そうですねえ」
底に近所の電器店の名前が書かれた小さな湯呑みを瀬戸さんの前に出した。彼は「頂きます」と小さく頭を下げて一口啜った。仕事中とあまり変わらない、ゆるゆるの服。私服もこんな感じなんだ。
「どうですか、公民館は」
「なんとかやってますよ。異動してきた人も仕事早く覚えてくれたし」にっと笑う瀬戸さん。「でも、シュレッダーかける資料が溜まっていったり、ホワイトボードの貼り紙が減らなかったりするの見てると、あー箭内さんがそういうのやっててくれてたんだよなーとか思っちゃったり」
「そういえばその引き継ぎはしてなかったです」
「名もなき仕事っていうんですかね。箭内さん気が利くから。俺も見習わないとなーって」
そういう所に気付いてくれるのは瀬戸さんぐらいだ。褒められたくてやっていたわけではないが、言われて嬉しくないわけがない。思わず笑みが溢れた。それと同時に、やっぱり俺仕事好きだったな、と少し寂しくもなった。
「引っ越しの諸々は落ち着いたんですか」
「まだ少し残ってますけど、大体は」
「俺にできることあれば手伝いますよ」
「あー」と呟き、少し躊躇ってから「それじゃあ、免許の書き換えに」と言ってみた。「住所変更まだしてなくて」
「車出しますよ」瀬戸さんは言って熱めのお茶を何回かに分けて飲み干し立ち上がった。
「すみません、運転係させちゃって」
「いやいや全然いいんです。この周辺ドライブしてみたかったし」
車に乗りシートベルトを掛けながら「瀬戸さんってドライブ好きなんですか」と訊ねた。瀬戸さんはエンジンを掛け「そうですねー」と答えた。
「なんか、車のこの空間が好きなんですよね」
「へえ」
「長い距離走るのもそんなに辛くないし。電車とかバスとかよりも好きかな」
「格好いいですね」
「えー、そうですかー?」と言いつつも嬉しそうにへへへ、と笑う瀬戸さん。ふにゃふにゃした笑顔が子どもっぽい。いつでもにこにこしている印象のある人だが、こうやって笑うのを知ったのは最近だ。退職する前からもっとたくさん話してみれば良かった。
瀬戸さんのおかげで無事福島市街地の免許センターで住所変更の手続きを終え、裏面に新しい住所が書き加えられた。とりあえず安心した。家に戻ってまた少しお茶を飲んで会話をし、瀬戸さんは帰っていった。
本当に、名産品を受け取るぐらいしかしなかった。あと免許の書き換え。そのためだけにあの長い距離を移動してきてくれたんだなと思うと申し訳ないし、それと同じくらい嬉しかった。
瀬戸さんの運転するN-VANを見送って家に入る。居間の卓袱台の上に置かれた空の湯呑みを見て急に寂しさが込み上げてきた。引っ越してから誰かを家に上げることもなかったし、他人と会話もろくにしていなかった。自分が思っていた以上にひとりが辛かったのだと気付いた。と、同時に、瀬戸さんと一緒にいた時間が楽しかったと思った。じわじわ涙が浮かんできたので、溢れる前に袖で拭った。
玄関のベルの音が鳴ってハッとした。顔を上げて引き戸を開けると瀬戸さんが立っていた。彼は「すみませーん、スマホ忘れちゃって」と申し訳なさそうに苦笑しツーブロックの頭を掻いた。
「あ、取ってきます」と俺は居間に引っ込んだ。瀬戸さんが座っていた座布団のそばに、透明なカバーを着けただけのシンプルなスマートフォンが転がっていた。拾い上げて玄関で待つ瀬戸さんに渡した。
「良かったー、ありがとうございます」と瀬戸さんがスマートフォンを受け取った。それから俺の顔を見た。俺は敢えて目を逸らしたり言い訳をしたりはしなかった。ちょっと泣いたことぐらいバレないだろう、と思った。
「帰ったらまたLINEしますね」
そう言って瀬戸さんがふにゃっと笑った。俺は顔がカッと熱くなるのを感じた。やば、バレたかも、という気持ちと瀬戸さんの笑顔が可愛らしかったのと、またメッセージくれるんだという喜びと、それに少し救われてしまった己の情けなさと、いろいろな感情がドッと溢れてきた。「お邪魔しました」と戸を閉める瀬戸さんにまともな挨拶ができなかった。
2時間後、「今日はありがとうございました。お菓子ご馳走様です!めちゃめちゃ美味しいです」とメッセージが来た。まだ帰宅したばかりだろうに。マメな人だ。俺が返信しようと文字を打っていると先に瀬戸さんからメッセージが届いた。
「今度UFO関係の場所行ってみたいです。箭内さんも一緒に来てくれたら嬉しいんですけど…時間ありますか?」
「まじ?」と俺は思わず声に出した。
