恋は燦然と、

 甲高い声が響いて、ピザ店に若い女性グループが入ってきた。十代か二十代で、露出度の高い服を着ている。興味を引かれたわけではないが、騒がしかったのでつい目が向いた。
 彼女たちがおれたちの席の横を通り過ぎてカウンターに向かったところで、燦の視線に気づいた。同性愛者でないことに気づかれてしまうと感じ、咄嗟に顔を伏せた。
「今の子たち、おまえのこと見てた」
「え、そう? 気づかなかった」
 燦はおれの態度には気づかず、コーラのストローを咥えている。女性たちにはまったく関心を示さなかった。
「イケメンだからな」
「おれイケメンじゃないよ」
 謙遜には聞こえない。本気でそう思っているようだった。台湾やカナダでは美の感覚が異なるのだろうか。すくなくとも、今日いっしょにいる間にも、女性たちの視線を感じることは何度もあった。おれひとりでいるときは経験したことがない視線だ。燦はまるで頓着せず受け流していたが、おれのほうは妙な緊張とかすかな優越感で浮ついた気分だった。
「ついてる」
「え?」
 考えに耽っていて、反応が遅れた。顔を上げると、燦が自分の顎を指先でとんとん叩いて笑っている。
 どうやら口元にトマトソースがついているらしい。紙ナプキンで雑に拭い、念のためスマホを取り出して画面を覗いた。鏡代わりの黒いディスプレイには、唇の端にトマトソースをつけた間抜け顔が映っていた。
 奥二重の目は大きいとはいえず、手入れしていない眉は太く、鼻も低い。お世辞にもイケメンとはいい難い凡庸な顔立ちだ。だれの印象にも残らず、特別な魅力も放つことはない。
 客観的に見て、おれと燦がふたりでいるのはあまりに不釣り合いだろう。こうしていっしょにいる理由はただひとつ「仲間」だからだ。唯一の共通点であるその事実が偽りだとわかれば、すぐにも解けてしまう脆い関係性だ。
 また涙があふれてしまいそうになり、慌てて唇を噛んだ。映画の余韻で情緒不安定になっているのかもしれない。
「だいじょうぶ?」
 無言で頷いた。言葉を発すれば、心の乱れを悟られてしまう。もうすぐ撮影がはじまる。今疑念を抱かれるわけにはいかない。
「最近、彼とうまくいってるの?」
 唐突に尋ねられ、返答に窮した。
「彼って……」
「彼氏。遠距離恋愛中なんでしょ?」
「あ、うん。ふつうにうまくいってるし、問題ないよ。なんで?」
 早口すぎたし、言葉の数が多すぎた。口にした瞬間、後悔した。
「ここんとこ、考えこんでることが多い気がして」
 観察するような眼差しを正面から受け止めきれず、視線を逸らした。
「映画のこと考えてんだよ。撮影前でナーバスになってるだけ。慣れない作業多くてバタついててさ」
 自虐的な口調で誤魔化そうとしたが、燦はすこしも笑わなかった。おれをしっかり見据えたまま、真剣な表情で、いった。
「でも悲しそうな顔してる」
 どきっとした。それほど燦がおれの様子を気にかけているとは思っていなかった。純粋に心配してくれていることがわかって、胸が詰まった。
「立ち入った質問かもしれないけど」
 冷めて乾いたピザを指先で摘まみながら、燦はいった。
「その彼、ちゃんと誠心のこと大事にしてくれてる?」
 すぐには答えられなかった。黙っていると、燦はうかがうような目を向けてきた。
「全然会いにこないし、電話がきてるとこも見たことない」
「忙しいんだよ」
「クリスマスも? 誕生日にもこなかった。連絡もしないなんてことある?」
 尖った口調に気圧され、なにもいえなくなった。戸惑いの表情を浮かべていたのだろう。燦が取りなすようにいった。
「誠心の大事なひとを責めるようなこといってごめん。ただ……おれには誠心があんまり幸せそうに見えないっていうか……誠心を悩ませてるのが彼氏だったら、そういう関係って、誠実といえるのかなって」
 慎重な言葉遣い。今思いついたわけではないのは明らかだった。ずっと前からおれに告げようと迷っていたのだろう。友人の恋愛に口を挟む権利があるのか、おれの機嫌を損ね、関係が悪くなるのではないか、そんなことを考えて悩んでいたのではないか。燦の表情には緊張と不安が見えた。
 連絡などあるはずもない。仮想の彼氏として使われていることを茅野は知らないし、実際に会ったのも一度だけだ。それにある意味では、おれの悩みの元凶は茅野ではなく燦といっていい。もちろん、そんなことはいえなかったが。
「そんなにその彼のこと好きなの?」
 質問の意味が読み取れず、首を傾げると、燦は独白のように続けた。
「おれなら……」
「え?」
 女性客たちが派手な笑い声を上げて、その先の言葉をかき消した。互いに顔を女性客の席へ向ける。おれたちを見て笑ったのではなく、なにか楽しい話題が出たらしい。スマホで動画を撮りながら、盛り上がっている。
「ごめん。さっき、なんていった?」
 聞きなおすと、燦はぎこちなく首を振った。
「いや、なんでもない」
 残りのピザを口に圧しこみ、コーラで流し込む。
「そろそろ行こう」
「うん……」
 燦の様子は気になったが、断る理由もない。立ち上がりかけたおれに、燦はいった。
「変なこといってごめんね」
 爽やかな笑顔はいつもの燦に見えた。
「もうよけいな口出しはしない。恋愛観はひとそれぞれだし、ふたりがよければいい話だもんね」
 テーブルの上の伝票をさりげなく摘まみ上げ、いった。
「東京で彼氏と会っても、ふつうに挨拶するから」