燦の家のホームシアターで、仮編集の映像をチェックした。監督と主演俳優ふたりだけの上映会だ。短いショートムービーが終わると、隣に座っていた燦が息を漏らした。
「どう?」
緊張しながら尋ねると、燦がおれのほうを見て、興奮気味にいった。
「すごい」
燦にしては陳腐な感想だ。それほど感情がこみ上げているということだ。おれも胸が熱くなった。
「自分じゃないみたい。びっくり」
エンディングでスクリーンにアップになった自分の顔を眺めながら、感慨深げに顎を擦る。想像以上の反応に、おれはかえって照れくさくなってしまった。
しかし、実際に、映画のなかの燦は素晴らしかった。茅野の予測どおり、公開されればオファーが殺到するだろう。大手芸能事務所も関心を持つかもしれない。そういう男が自分の恋人として、今そばにいる現実が信じられなかった。
「コンクールの出品はこれから?」
「うん」
茅野のサポートもあり、微修正を加えればほぼ完成だ。締め切りにもじゅうぶん間に合う。
「絶対グランプリだよ」
燦は無邪気に声を弾ませたが、おれは曖昧に頷いた。
「どうしたの? なにか気になる?」
おれの反応が鈍いことに気づいた燦が、肩に腕を回してくる。
「自信ない?」
「そうじゃないけど……」
ぎこちなく首を窄める。燦は黙っておれを見つめている。まっすぐな眼差しが、強張った心を解きほぐし、素直にさせてくれる。
「賞獲って上京するのが目標だったけど……」
「怖い?」
首を振る。あれほど精神を蝕んでいた不安や自己憐憫はすっかり消えて、前向きな気持ちになれていた。気がかりだったのはほかのことだ。
「燦と離れたくない」
自分でも驚くほど、気持ちを正直に打ち明けられた。燦は一瞬驚いたような顔になったが、すぐに目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「心配しなくていいよ」
抱き寄せられると、すこし安心できる。しかし、不安が消え去ったわけではない。燦は遠距離恋愛はできないといいきっていた。恋愛観が変わったとはいえ、まだ付き合って間もないのに、物理的な距離がふたりの関係にまったく影響しないとは考えられないはずだ。
心配げな顔になっていたのだろう。おれの頬を軽く突いて、燦は笑った。楽しげな表情で、いった。
「おれも東京行く」
あまりにあっさりとした宣言に、唖然とした。
「そんなに驚く?」
「いや、だって……」
「誠心についてくわけじゃない。おれも東京でもっと芝居の勉強したいから」
予想もしなかった展開に、すぐには言葉が出なかった。
「思いつきじゃないよ。前から考えてたし、もう親にも話してある」
おれが口を開きかけたところで、スクリーンの映像が切り替わった。
「あれ? まだあるの?」
エンドロールが流れた後、再びシーンの一部が映し出され、燦がおれを腕に抱いたまま、顔を画面に向ける。
「あ……メイキング映像。茅野さんがつくってくれた」
「へえ。本格的」
燦は楽しそうに笑ったが、しばらく見ているうちに、わずかに眉間に皺を寄せた。
「これ、公開するの?」
「さあ……どうかな。まだ決めてないけど」
おれもスクリーンに向き直った。新宿のビル群に囲まれ、撮影中の燦がカメラに笑顔を向けている。
「なんで? だめ?」
「だめじゃないけど……」
燦が困ったような顔でおれを見た。
「おれが監督を好きなの、ばれちゃいそうな気がする」
苦笑いを浮かべるのを見て、おれも笑った。茅野とおなじような印象を、燦自身も抱いたようだ。カメラを見つめる俳優の姿、その眼差しは、かすかな熱を孕み、また切ない陰も覗かせていた。
そしておれも、茅野が編集した映像を見てはじめて自分の気持ちに気づかされた。自分自身がどんなふうに燦を見ていたのか、レンズを通して客観的に見ることで、思い知らされた。
「ばれてもいいよ」
燦の腰に両腕を回し、身を寄せて、いった。
「おれも燦のこと好きって、みんなにいいたい」
はじめて会った日、教室で、転入生として挨拶した燦が自らの性的指向を公表したときのことを思い出した。自分にもできるだろうか。正直なところ、怖かった。でも、燦となら、乗り越えられると思えた。
「うれしいな」
燦の笑顔を見ると、心が凪ぎ、全身に力が漲る。堂々と付き合い、いずれは社会的にも認められたいと願う燦の夢に忖度したわけではない。本気でそう思っていた。
俳優としての燦の資質はもはや疑いようがない。努力家でもあり、読解力や表現力も希有なものを持っている。間違いなく成功するだろう。おれも負けていられない。互いを尊重し、切磋琢磨しながら成長できる関係を築けるはずだった。
「ゆっくりやっていこう。おれたちのペースで」
頷いた。首を伸ばすと、燦が身を屈めてキスしてくれた。
「卒業して、上京したらさ」
「うん」
「いっしょに住まない?」
おれの顔を覗き込みながら、燦がいう。
「早すぎる?」
断る理由などなかった。答える代わりに、おれは思い切り燦に抱きついた。
「いいってこと?」
頷いた。燦の胸に顎を擦らせて、いった。
「……ちゃんと掃除もする?」
「する。約束する」
何度も首を縦に振る燦をかわいいと思った。ナイーブな部分も、強引なところも、燦のすべてがいとおしかった。
燦がおれの額や頬に唇を落とす。啄むようなキスを何度も繰り返され、擽ったさに身を捩った。ソファの上で脚を絡ませ、密着を濃くする。
「おーい、おまえら、いい加減にしろ。次カットはじまるぞ」
茅野の声が響いた。メイキング映像のなかで、助監督として声を張り上げている。絶妙のタイミングに、ふたりして噴き出してしまった。
燦がリモコンに手を伸ばし、映像を切った。薄い闇のなかで、おれたちはもう一度唇を重ねた。
おれたちの関係がこの先どうなるかはわからない。ただ、目の前にいるお互いの存在と、素直な気持ちだけが、確かなものだ。今この瞬間を切り取り、ひとつひとつの場面を大切に増やしながら、ふたりの物語を紡いでいく。そのはじまりの小さな音を、遠くに聞いた気がした。
おわり。
「どう?」
緊張しながら尋ねると、燦がおれのほうを見て、興奮気味にいった。
「すごい」
燦にしては陳腐な感想だ。それほど感情がこみ上げているということだ。おれも胸が熱くなった。
「自分じゃないみたい。びっくり」
エンディングでスクリーンにアップになった自分の顔を眺めながら、感慨深げに顎を擦る。想像以上の反応に、おれはかえって照れくさくなってしまった。
しかし、実際に、映画のなかの燦は素晴らしかった。茅野の予測どおり、公開されればオファーが殺到するだろう。大手芸能事務所も関心を持つかもしれない。そういう男が自分の恋人として、今そばにいる現実が信じられなかった。
「コンクールの出品はこれから?」
「うん」
茅野のサポートもあり、微修正を加えればほぼ完成だ。締め切りにもじゅうぶん間に合う。
「絶対グランプリだよ」
燦は無邪気に声を弾ませたが、おれは曖昧に頷いた。
「どうしたの? なにか気になる?」
おれの反応が鈍いことに気づいた燦が、肩に腕を回してくる。
「自信ない?」
「そうじゃないけど……」
ぎこちなく首を窄める。燦は黙っておれを見つめている。まっすぐな眼差しが、強張った心を解きほぐし、素直にさせてくれる。
「賞獲って上京するのが目標だったけど……」
「怖い?」
首を振る。あれほど精神を蝕んでいた不安や自己憐憫はすっかり消えて、前向きな気持ちになれていた。気がかりだったのはほかのことだ。
「燦と離れたくない」
自分でも驚くほど、気持ちを正直に打ち明けられた。燦は一瞬驚いたような顔になったが、すぐに目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「心配しなくていいよ」
抱き寄せられると、すこし安心できる。しかし、不安が消え去ったわけではない。燦は遠距離恋愛はできないといいきっていた。恋愛観が変わったとはいえ、まだ付き合って間もないのに、物理的な距離がふたりの関係にまったく影響しないとは考えられないはずだ。
心配げな顔になっていたのだろう。おれの頬を軽く突いて、燦は笑った。楽しげな表情で、いった。
「おれも東京行く」
あまりにあっさりとした宣言に、唖然とした。
「そんなに驚く?」
「いや、だって……」
「誠心についてくわけじゃない。おれも東京でもっと芝居の勉強したいから」
予想もしなかった展開に、すぐには言葉が出なかった。
「思いつきじゃないよ。前から考えてたし、もう親にも話してある」
おれが口を開きかけたところで、スクリーンの映像が切り替わった。
「あれ? まだあるの?」
エンドロールが流れた後、再びシーンの一部が映し出され、燦がおれを腕に抱いたまま、顔を画面に向ける。
「あ……メイキング映像。茅野さんがつくってくれた」
「へえ。本格的」
燦は楽しそうに笑ったが、しばらく見ているうちに、わずかに眉間に皺を寄せた。
「これ、公開するの?」
「さあ……どうかな。まだ決めてないけど」
おれもスクリーンに向き直った。新宿のビル群に囲まれ、撮影中の燦がカメラに笑顔を向けている。
「なんで? だめ?」
「だめじゃないけど……」
燦が困ったような顔でおれを見た。
「おれが監督を好きなの、ばれちゃいそうな気がする」
苦笑いを浮かべるのを見て、おれも笑った。茅野とおなじような印象を、燦自身も抱いたようだ。カメラを見つめる俳優の姿、その眼差しは、かすかな熱を孕み、また切ない陰も覗かせていた。
そしておれも、茅野が編集した映像を見てはじめて自分の気持ちに気づかされた。自分自身がどんなふうに燦を見ていたのか、レンズを通して客観的に見ることで、思い知らされた。
「ばれてもいいよ」
燦の腰に両腕を回し、身を寄せて、いった。
「おれも燦のこと好きって、みんなにいいたい」
はじめて会った日、教室で、転入生として挨拶した燦が自らの性的指向を公表したときのことを思い出した。自分にもできるだろうか。正直なところ、怖かった。でも、燦となら、乗り越えられると思えた。
「うれしいな」
燦の笑顔を見ると、心が凪ぎ、全身に力が漲る。堂々と付き合い、いずれは社会的にも認められたいと願う燦の夢に忖度したわけではない。本気でそう思っていた。
俳優としての燦の資質はもはや疑いようがない。努力家でもあり、読解力や表現力も希有なものを持っている。間違いなく成功するだろう。おれも負けていられない。互いを尊重し、切磋琢磨しながら成長できる関係を築けるはずだった。
「ゆっくりやっていこう。おれたちのペースで」
頷いた。首を伸ばすと、燦が身を屈めてキスしてくれた。
「卒業して、上京したらさ」
「うん」
「いっしょに住まない?」
おれの顔を覗き込みながら、燦がいう。
「早すぎる?」
断る理由などなかった。答える代わりに、おれは思い切り燦に抱きついた。
「いいってこと?」
頷いた。燦の胸に顎を擦らせて、いった。
「……ちゃんと掃除もする?」
「する。約束する」
何度も首を縦に振る燦をかわいいと思った。ナイーブな部分も、強引なところも、燦のすべてがいとおしかった。
燦がおれの額や頬に唇を落とす。啄むようなキスを何度も繰り返され、擽ったさに身を捩った。ソファの上で脚を絡ませ、密着を濃くする。
「おーい、おまえら、いい加減にしろ。次カットはじまるぞ」
茅野の声が響いた。メイキング映像のなかで、助監督として声を張り上げている。絶妙のタイミングに、ふたりして噴き出してしまった。
燦がリモコンに手を伸ばし、映像を切った。薄い闇のなかで、おれたちはもう一度唇を重ねた。
おれたちの関係がこの先どうなるかはわからない。ただ、目の前にいるお互いの存在と、素直な気持ちだけが、確かなものだ。今この瞬間を切り取り、ひとつひとつの場面を大切に増やしながら、ふたりの物語を紡いでいく。そのはじまりの小さな音を、遠くに聞いた気がした。
おわり。



