恋は燦然と、

「ちょっと待て待て」
 何度目かの制止だったが、これまでになく切迫していた。
「東京で会う? だれとだれが?」
 画面のなかの茅野の顔には困惑が見えた。
「それは今から説明しようと……」
「おい、うそだろ。まさか東京にくるとかいわないよな?」
「こっちでは撮りきれないシーンがかなりあって……」
 最後まで聞かないうちに、茅野は立ち上がった。画面から顔が見きれ、表情がわからなくなる。
「お願いします。手伝ってください」
 パソコンの前で頭を下げ、いった。
「どうしてもひとりではできなくて……エキストラとかロケハンとかカメラとか、プロの助けが必要なんです」
「なんで東京にくる必要あんのよ。そっちで調達しなさいよ」
「だってこっちに知り合い全然いないし、それに殺し屋の話だから、やっぱ舞台は東京でないと」
「岐阜にも殺し屋はいるでしょ」
「岐阜に殺し屋の需要ないでしょ」
 不毛なやりとり。茅野はデスクの前でうろうろしながら、頭を掻いている。
「映画撮るなら手伝うっていってくれてたじゃん」
「そりゃ手伝わないとはいわないけどさ……」
 深くため息を吐いて、パソコンの前に戻る。
「話聞いたら、その彼、おれに、なんか怒ってない?」
「怒ってないよ。1回話したいっていってた」
「それが怒ってるって意味なんじゃないの?」
 今度は頭を抱えて呻いた。
「やだよ、おれ。テコンドーの達人に詰められんの」
「そんなことにはならないから」
「なんでわかんのよ」
 あからさまに顔をしかめて、舌打ちする。
「そもそも、勝手に彼氏にされて、こっちはいい迷惑なんだけど。そのうえ撮影を手伝えって? いくらなんでも自己中心的すぎない?」
 茅野の主張はもっともだった。それでも、退くことはできなかった。おれは無言で画面を見つめ続けた。
「……わかったよ」
 腕を組み、ワーキングチェアに凭れて、茅野が降参の合図をする。
「乗りかかった船ってやつだしね。手伝うよ」
 安堵で思わず息が漏れた。映画への情熱に突き動かされ、生活もなにもかも捧げてきた茅野なら、無下に断られることはないと信じていた。俳優と監督のふたりだけでは映画は作れない。助監督と共演者、スタッフの力がどうしても必要だった。
「ありがとう」
「その代わり」
 おれが礼を口にするのとほぼ同時に、茅野がいった。
「条件があります」
「なんでもいって。経費はそこまで出せないけど……」
「おれのギャラはいい。キャストとカメラスタッフのだけあれば」
 茅野が顔の前で手を振って見せる。
「撮影の前に、燦くんに真実を話すこと。話したら、手伝ってやる」
 即答できなかった。撮影前に燦が真実を知れば、出演を考えなおす可能性があった。しかし、茅野は折れそうにない。しかたなく、頷いた。
「約束したよ。もし話さなかったら、直前でも手を引くからね」
「わかりました」
 今度はおれがため息をつく番だった。いずれにしても、茅野のサポートがなければ子どもの趣味程度のクオリティにしかならない。目標とする賞は獲得できず、道が拓けることもないだろう。条件を呑むよりほかなかった。
「やりかたに納得したわけじゃないからね」
「わかってる」
「台本がよかったからだよ。それに、燦くん。彼にも興味ある」
 当然、下心ではない。映画監督ならば、ほかにない個性を持った新たな人材に関心を引かれるのは当然だった。
「じゃあ、最新の台本と香盤表を送って。スケジュール確認して折り返すから」
「はい」
 気がかりだった茅野の承諾を得て、安堵とともに実感が沸いてきた。これまでは小さなカメラを構えてひとりで風景や動物を撮るだけだった。プロのスタッフと専門の機材を使って本格的な映像作品が撮れることに興奮していた。その前に待っている最後にして最大の難問からは目を逸らしていた。