一條に別れを告げたあの日から、俺と一條は話すことはなくなった。
弁当は一緒に食べることも無ければ、体育でペアになることも無い。当然、図書館へ一緒に行くことも無い。
「あ、」
「……」
それに一年生から続いていた、一條の俺へのうざ絡みも綺麗さっぱりなくなっていた。
当初の計画通り、俺達の関係と俺自身に飽きたのだろう。ここ一ヶ月では、同じクラスだというのに、まるで俺のことなど見えていないような態度を取っている。
友人達からも「兎飼の粘り勝ちじゃん」「本当にやりきるなんて思わなかった」と賞賛の嵐だった。
一年もかからずに、俺の目標は達成した。完全勝利、ガッツポーズである。
……そうだというのに、どこかすっきりしない自分がいる。
別れを告げた時、一條はどんな顔をしていただろうか。一條はなんて言っていただろうか。
後輩からの手紙を一條が受け取った事は覚えている。
その時に「あ、受け取るんだ」と自分が思ったことは覚えていて、それで頭がいっぱいになり他は何も覚えていない。
……なんで俺は、一條が後輩の手紙を受け取ったことにショックを受けたんだろう。
(あの子と一條、つき合ったのかな。女の子可愛かったしな。一條も顔だけは爽やか好青年だしお似合いだろうし……)
「……ちょっと、やだな」
二人の事を想像しただけで、自分の感情が口から零れていた。
ここ最近は何も考えたくなくて、一條との件があってから毎日友達と遊びに行っていたのだが、今日はこぞって皆が部活だったりバイトだったりで一人も捕まらず放課後俺は孤独に帰路についている。
暇になるとどうしても、一條の事を以前よりも多く考えてしまうのだ。
図書館デートもとい一條から勉強指導を受けていた時に、一條は俺のことを「馬鹿では無い。効率が少し悪いだけ」とおしえて貰った事がある。
一條に教えて貰ったノートのまとめ方や、勉強方法を始めてからは小テストの点数も上がった。それからは勉強することが前よりは少しだけ好きになった。一條とつき合った三ヶ月の、おかげである。
「べんきょー、するか」
帰り道。家に帰っても色々考え無駄に過ごすだけだと想い、このふざけた三ヶ月の間に何度か訪れていた図書館に来てみた。
今はテスト期間でも無いので、学生の利用は少ない。
この図書館は特別大きい訳でもない。そのために利用者もぽつりぽつりと少なく、皆離れた席に座っている。
大体いつ行っても図書館に来る人達の中で自分の専用の席のような、皆決まった所に座っていた。
俺達も手勉強をするときは、周囲に人がいない場所を選んで席についていた。そして、次第にそこが俺達の専用の席になっていた。
「……いるじゃん」
だが、いつも俺達が座っていた席には先客がいた。もしかしてと思ったけれど、その後ろ姿は間違いなく一條である。
無視されるかもしれないけれど、久々に見かけたその光景に震えそうになる声を無理矢理抑えてその背中に声をかけた。
「なにしてんの」
「……。関係ないでしょ」
話しかけた一條は、俺に気づいたが顔を向ける事無く、視線を本から外すこと無く読み続けていた。
「勉強してるの? 俺も一緒にしていい?」
「……じゃあ、俺は帰るし勝手にすれば」
「え、なんで」
「なんでって」
よく言えるね。
そう口にする一條は、俺やクラスメイトにもみせたことの無い怒りの感情をあらわにしていた。
……いや。怒りというか、よく見ると、こいつ泣いているような気がする。
……??
「泣いてる?!」
あの一條が図書館の端の席で、静かに涙を流しながら俺を睨んでいる。目の前の光景に脳が追いついてこず、唖然と一條の頬を静かに伝う涙をただ見つめてしまった。
「はっ……なに? 好きだった子に突然告られたと思ったら急にフラれて、一ヶ月間、情緒ぐちゃぐちゃなままで想い出に浸りに図書館に通ってるキモい男の傷まだえぐりたい訳?」
「えっ。それ、もしかして俺のこと言ってる?」
「他に誰がいるんだよ」
そう自嘲気味に笑う一條は、本当に俺がこれまで俺が知った気でいた『あの一條』なのだろうか。
「お前、女の子からの手紙受け取ってたじゃん」
「兎飼が渡してきた物なんだから、どんなものでも受け取るに決まってるだろ」
「えぇ……?」
なんだ、なんだろう。この胸の奥から湧き上がってくる感情は。
心臓が、今まで感じたことがないくらい熱を持っている。
湧き上がるというより――己の中で、この三ヶ月ずっと蓋をしていたもの。……いや、気づかないふりをして、必死に見ないようにしていた感情の正体に、今まさに触れてしまいそうな気がした。
なんで俺は、俺のことを思って泣いている一條の姿が、こんなにも――。
「かわ、いいんだな。一條って」
自然と口から出ていた自分の言葉に、自分で驚いた。
少し前、たった三ヶ月の自分なら絶対言わなかった言葉だと思う。
「うるさいお前の方が可愛いだろ一年の時からずっ――……もう話しかけないでくれ。余計なことが口から出てくるし、涙が馬鹿みたいに出てくる」
ああ、さっきからなんなんだ。この素直で愛おしい生き物は。
本人による自己申告で、情緒がぐちゃぐちゃだって言っていたけれど、こうなったのは、俺がきっかけなのか。一体いつから一條は俺を――いや、違うか。
俺が解っていなかっただけで、一條は前からわりと分かりやすく俺のことが好きだったのかもしれない。
それは俺が一條のことを少しだけ前より知っていることと、一條が少しだけ素直になってくれたおかげで気づくことができた。
「なぁ」
「なに」
「もしかしたら俺、一條のことすっごく好きかもしれない」
「もうそんな夢みたいな話を信じるか」
「ほんとほんと。……もう俺とつきあうのイヤになっちゃった?」
一條のすぐ隣の席に座り、改めて首を傾げながらそう訊ねると、一條はそんな俺を見て、わかりやすく息を呑んだ。
「断れるわけないだろ、俺が……くそ……」
耳まで赤くしながら悔しそうに項垂れる一條を見て、俺はもう胸の奥がどうしようもなく高鳴っていた。
「ふふ、可愛いな。お前って好きな子いじめたくなるタイプだったんだ」
「……」
「アニメに詳しいのも俺に合わせて? もしかして俺が友達と喋ってるといつも当たり強かったのも妬いたりしてた感じ?」
「兎飼って本当、妙なところ勘が働くから腹が立つ」
「正解なんかい」
俺は、一條に勝ちたくて嫌がらせ目的で近づいた。
一條に勝つ、一條に完勝する。
そう思っていたのだが、日本には「惚れた方が負け」という言葉がある。
そうなると今回俺は、一條に負けたこととなるし、一條も俺に負けているだろう。まぁ、引き分けだからまぁ良しとしよう。
俺をこの結果へ導いた『窮鼠がぶがぶ作戦』は、間違いなく名作戦だったと言えるだろう。
「困った。俺、一條悲しませたくないけど、一條の泣き顔がすごくタイプで」
「最悪だろお前」
「ごめんな。今度は前のよりもずっとエッチなキスしてやるから泣き止んで」
「……」
「うわ、素直」
晴れて、策士策に溺れながら、俺は気に入らない男の彼氏に(正式に)なった。
