初勝利をおさめて以降、俺は当初の予定通り一條にべったり纏わり付いた。
一度勝者の立場を経験した俺の猛攻は、もう止まらない。
お昼を食べるときも一條の手を引いて二人きりで弁当を食べる。
体育も一條の手を引いて無理矢理ペアを組み、共に柔軟体操を行う。
放課後は「一緒に勉強しよ?というか教えて?」と図書館デートに何度も連れ出した。
一條の周囲にいる陽キャ軍団も最初の内は「また二人変な事やっているよ」と笑っていたのだが、この調子を二ヶ月続けたあたりで「ガチで兎飼、一條好きになったの?」と薄ら引いている様子だった。
俺の名誉がちゃくちゃくと傷ついているが、いいのだ。一條が「分かったからもう勘弁してくれ」と言えば、俺は完全に彼に勝ったことになる。
そんな一條はというと、作戦開始日からずっとうんざりした様子のままだ。
二人で弁当を食べている時も「これいつ辞めるわけ?」と疑う視線を向けるのをやめず、体育でペアを組んで密着している時も「……恥ずかしいと思わないの」と言葉を繰り返していた。
嫌がる一條を無理矢理図書館デートへ連れて行った時も、色々言われたが俺は負けなかった。「つき合おうと言ったのそっちじゃないッ!!」で一点突破したおしていた。
『ここ、間違ってる』
『あ、そっか。さっき言ってた公式か。……いやぁオレ バカダカラ 一條クン タスカル アリガトウ』
『……。べつに、兎飼は馬鹿ではないでしょ。国語はずっと悪くない成績取り続けてるし』
『え?』
『勘も悪くないから、すぐ覚えられる。頑張れ』
『え、お、おう』
……まぁ、勉強を教える時とかは、意外にもちょっと優しかったかもしれない。ちょっとだけ。ほんの一ミクロンだけだけど。
そんなこんなで、二人で過ごすようになってちょうど三ヶ月が経った今日。事件が起きた。
なんと彼女いない歴=俺が、女子に呼び出されたのだ。
トイレに行くために教室を出てすぐ、一年の校章をつけた女生徒に腕を掴まれ「昼休み校舎裏に来てください」とだけ口にして逃げるように去られたのである。びっくりしすぎて、尿意はいつの間にか消えていた。
そして訪れた昼休み。初めての体験に、心を躍らせながら俺は鼻歌交じりに指定された校舎裏へと向かった。
人気の無い校舎裏へ向かうと、彼女は一人待っていた。やってきた俺の存在に気づくと、パッと表情が明るくさせて駆けてきた。
「ごめんね? お待た――」
「兎飼先輩! すみませんこの手紙、一條先輩に渡してもらえませんか? 中はラインとインスタのID書いてあって、あのその――――!!」
まぁ、こんな感じの事だろうとはワカッテイタ。
とても興奮した様子で、既に俺を通して憧れの一條と自分が関係が持てる未来予想図が見えてしまっているのだろう。俺の様子などお構いなしで、一方的に俺への感謝と手紙を押しつけた。
「なんでこれを、俺に?」
「一條先輩とよく一緒にいますよね? あの、よかったら自分と一條先輩と関係が持てるように良かったら」
話している感じ、後輩ちゃんはどうやら俺と一條がつき合っている事(ポーズだが)も知らない様子である。
俺の事は一條と仲の良い友人程度に思っているみたいだ。不名誉なことに。
「先輩が卒業するまでにどうしても仲良くなりたくて、その」
「あー……」
卒業。
一條を想い頬を赤らめるその女の子の言葉に、そういえばもう間もなく自分達はこの学校を卒業することを自覚する。
俺にとって一條は憎い敵ではある。高校生活最後の年、俺は一度くらいあいつにぎゃふんと言わせようとばかり思い行動していた。実質、俺はあいつの高校生活最後の一年を奪っている。青春の一ページを、もぎ取っている最中なわけで。
このままつき合っているフリを続けていたら、本当に好きな子が出来た時、その子に誤解されてしまうのでは無いだろうかなんて、今更ながら思った。
それだけではなく例えば目の前の彼女と、あいつの出会いの妨げになったりとか。この子じゃなくてもアイツは俺と違ってモテるのでありえる話だ。
……そんな一條の幸せを奪いたいほど、俺はアイツのこと嫌いなのだろうか。
***
「兎飼、ぼーっとしてる」
「え、ああ。なにもない」
二人でこの帰り道を歩くのも、もう何回目だろうか。俺による強制手つなぎイベントも、最初の頃は一條は断固拒否していたが今は諦めたのかすっかり受け入れていて、俺達の手は繋がれたままだ。
「……この前、サブスクでロンゼロ見た。面白かった」
「え! 一條ってアニメ見るの?」
「見るよ。アニメくらい見るから。普通に」
意外だった。
一年の頃、一條はすぐに一軍の仲間入りをしていて、動画サイトすらあまり見ていない部類の人間だと思っていたから。
ちなみにロンゼロというのは、俺が高校一年の頃より追っているノベル原作のアニメ「ロングソートゼロ~魔王討伐~」という異世界転生ファンタジーアニメだ。サブスク配信があるとはいえ深夜アニメの類いのものなので結構知る人ぞ知るがっつりオタク向けである。
そういえばロンゼロにハマったのがきっかけに、一年の頃に今ともつるんでいるオタク友達と仲良くなり一條とも絡む事がなくなっていったな。
「俺もロンゼロめっちゃ好き!」
「知ってる」
「……あれ、言ってたっけ? 来週から三期始まるんだよ」
「クラスの奴らとよく話してただろ。別にあいつらだけじゃないから、アニメの話する相手」
「一條、全然そんなそぶり無かったしアニメとか興味ないと思ってたわ。一年の時もなんとなく距離空いていった事あったし」
「勝手に距離空けたのお前だろ。……俺じゃ無い男達とは、ベタベタすぐ仲良くなって俺とは距離取ってさ」
どこか拗ねた表情を見せる一條を見て、握っていた手に力が入った。
……そうか。俺は一條の知らない面が、結構あるかもしれない。
一年の時に、互いに普段過ごす人間達が変わってからは、こうやって会話をする事もなくなっていた。そう思えば突然、一條のウザ絡みが始まったので、じっくり互いが何が好きを知る機会もなかったと思う。
そんなだから、一條に対してこれまで俺は、多少の思い込みがあったかもしれない。
……ぎゃふんと言わせてやろうと思っていたが、もうここら辺できり上げで良いかだろう。
充分一條に俺は変なやつだと思われてるだろうし、以前のようなウザ絡みは無くなっていた。
もう十分、一條を振り回しきっただろう。
「今度……兎飼がよかったらさ、家で一緒に――」
「ねぇ、一條。これ」
「……なにこれ」
「一年の後輩女子からお前にだって。結構良い子そうだったよ」
繋いでいた手をそっと離してから、鞄の中に入れていた手紙を一條に手渡した。
「俺ら別れよっか」
別れるなんて言葉が自分達の関係であっているのかは分からないけれど。
俺が始めてしまった、この妙な関係からお前を解放してやろう。最初から一條はこのふざけた関係を気味悪がりながら嫌がりつつも、最後まで合わせてくれていたな。
俺と同じただの負けず嫌いなだけかもだけど、一條って本当は思っていた奴より意外に良い奴なのかもしれない。……なんて、少しだけ今は思えた。
