自分がどうしても気に入らない相手に、どう対処するのが適切と言えるだろうか。
視界に入れない、相手にしない。面と向かって大喧嘩。それこそ考え方の違いで十人十色、対応は人それぞれだと思う。
ちなみに俺、兎飼 裕太はこれらぜーーんぶをある一人の男にやったことがある。
高校一年生から二年生までの二年間、それはそれはそれはそれはむかつく奴がいたのだ。
――そのいちごオレ美味しいよな、俺も好き! 仲良くしよ!
――……。うん、いーよ。
入学当時にたまたま席が近かった事から、俺はうっかりその件の男に絡んでしまった。
だが、蓋を開ければそいつはあれよあれよと、クラスの中心となる一軍と呼ばれるような派手な奴らの中心人物になっていった。
そして俺はというと、いつの間にか物静かでアニメや漫画が好きな奴が多い……いわゆる、三軍グループに所属していた。
だが、これも高校入学時あるあるなのではないだろうか。
最初の頃は相手の性格や趣味嗜好を知らない状態で接するため、自分と反りが合わない奴と多少絡んで、その後少しずつ息苦しさを感じてしまうという奴だ。反りが合わないなら合わないなりに、月日が経つと共に徐々に関係性フェードアウトしていく。これまた珍しくもない学生あるあるだと思う。
気にすることはない。きっと、俺がうっかり声をかけた相手もそうなるのだろうと信じていた。
……しかし、俺が誤って声をかけた相手は運の悪いことにそうでは無かった。
一條 充は、フェードアウトどころか距離が出来てからは何かと俺へのからかいが加速し、執拗にかまい倒すようになった。
それはじゃれ合いのような、対等な友人としてではなく、まるで人のことを音の鳴る玩具のように扱いである。
テストの返却があれば「兎飼、数学29点だったの? 赤点じゃん。ざぁこ」「ぐ……ッ」と余計な言葉付で煽り。
二年になってやっと一條とクラスが離れ喜び叫び叫んでも、学年合同体育の時はクラスで欠員が出た時にペアであぶれた俺を見て「先生ー。友達いない子がいるのでペアくんであげてくださいー」「言われなくても組むんだようるせぇえな!!」とわざわざ遠くから野次を飛ばしてくる。
一條には散々、顔から火が出るくらい、恥ずかしい想いをさせられてきた。
オタク友達は「相手にするのもうやめなよ」とか「一條くんにさらにいじめられるぞ」と怯え心配した様子だったが、何故何もしていない俺があいつの顔色伺いながら学校生活を送らねばならないんだと俺は俺でヤツへの対抗意識が燃え上がった。
言われたら言い返す、やられたらやり返すを二年間繰り返し続けたのだ。
そんな俺の反応も、一條という男はどこまでも見下しそして指をさしてゲラゲラと笑ったのだ。まるで魔王。流行りの異世界漫画であれば、あいつは確実に悪役だろう。
そんなわけで俺は心の平穏とは無縁の二年を過ごしたわけだが、高校三年の春。
再び一條充と同じクラスになってしまった。
だが、正直俺も一條との闘いにいい加減疲れてきていた。
一條の相手をするのをやめてみたこともある。その時はアイツの存在ごと無視をしてみたけれど、まったくの逆効果で俺の神経を逆なでするような言葉しか吐かなくなり、いつの間にか青筋立てて言い返していた。……そしてちゃんと言い負かされた。
俺に残されているのは、高校生活最後の一年間のみ。
今の所アイツに勝てる所なんて一つもないが、それでもぎゃふんと言わせたい。
高校三年間、一條といういけ好かない男に負け続けたという想い出だけが残るだなんて嫌だ。窮鼠だって、いざとなれば猫を噛んで勝つのだ。俺だって一條の鼻っ柱に噛みついてへし折ってやる。
そんなわけで、俺が思いついた窮鼠がぶがぶ作戦はこれだ。
「一條、お前の事が好きだ。愛してる」
逆に一條に迫ってみようという作戦だ。
ちなみにこれは友達の「もう……逃げて駄目なら押してみたら?ワラ」という一見無責任な発言を元に、今回の作戦の血行を決めた。
内容はいたってシンプル。昼夜問わず、俺は一條へ終始べったり絡み続けるというものである。相手が来る前に、こっちから『ガンガン行こうぜ作戦』で攻め続けてやるのだ。
この作戦のメリットとしては、一條が俺の突然の変化に気味悪がり、そして鬱陶しがって俺という名のトラウマを植え付ける事が可能。
……デメリットとしては、一條だけでなく周囲からも俺は気味悪がられることだ。だが、それはもはや致し方ない。ここまで来たら背に腹はかえられぬのだ。
作戦を思いつくなり一條を体育館裏へ呼び出した。そしてまんまとやってきた一條に早速告白。
そして、現在に至る。
一條は俺の告白後、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、呆気にとられた様子でフリーズしている。
だが、これだけでは俺は終わらない。
「いちじょう」
あまりの出来事に硬直する一條に抱きついて、甘えた声(※当社比)で一條を見上げる。
……見上げている。
そうだとも。一條はテストやスポーツ、友人の多さだけでなく背丈でもちゃーんと負けている。
ちなみに顔の良さについては完敗だ。先日一條にモデルスカウトの話があったと、教室で一條の取り巻き達が話していたのを耳にした。腹が立ちすぎて血管がブチ切れて吐血するかと思った。
スカウトの人も顔の良さだけではなく、コイツの内面も見てからぜひ行って貰いたいものだ。
「……いや、なにこれ。兎飼なにしてんの」
「ずっとずっと好きだったんだ! 今まではお前に告白する勇気無くて……でも俺達もう高校三年だろ? 残り一年しかないんだから素直になろうと思ってさ」
俺を引き離そうと肩に手を置いた一條に、そうはさせるかと口から百パーセントのでまかせを口にした。一條がこんな俺を気味悪がることなんて、当然想定している。昨日の晩の間に『追い気味悪告白台詞』も勿論練習済みである。
「一條との想い出が作りたいんだ」
食らえ、恋する乙男の瞳うるうる作戦!
ヤ○ー知恵袋で男に迫る時は瞳を潤ませろって書いてあった。この作戦のために、先程保健室で目薬をお借りしてきたのだ。俺の努力をとくと見るがいい。
「わかった」
「そう、わかった……わかった?」
「え?」と思わず声に出そうになり慌てて口を閉じる。
引き続き憎き敵であるその姿を見上げると、一條は俺の肩に置いていた手に力を入れ自身のほうへと力強く引き寄せ、抱きしめた。
「え、あ、いちじょ……」
「また兎飼が何を企んでるのか知らないけど乗ってあげる。本当につきあおっか? ん?」
そう一條は顔を寄せて、囁くように耳打ちしてきた。
まずいまずい、俺が企んでることがバレてる。そのうえで、弄ばれている。
この作戦は『俺が一條のことを本気で好きだと、一條に思わせなければ』元も子もないのだ。ただ俺が一條の前で道化を晒しただけである。
ここで一瞬でも怯んでしまったら作戦が完全終了だ。
「うれしい!」
力いっぱいにそう叫ぶと、俺は少しだけ背伸びをして、一條の無駄に整った顔を両手でわし掴んだ。
一條は驚いた表情を浮かべ、何かを口にしようとしていたがそれよりも先に俺が彼に顔を近づけて、思い切りその唇に口づけをした。
「――!!」
実際触れていたのは一秒にも満たないが、間違いなくキスだ。これで俺が一條を本気で好きなのだと思っていると、思えば良い。
そのために俺は大事な何かをたった今失ったがそれは一條も同じだろう。これで、これでいいのだ。
……唇が離れた瞬間、一條は俺を突き飛ばした。
「ッてぇ!」
「~~ッッとに、なにしてんのお前!」
勢いよく突き放されたせいで地面に尻餅をつく俺と、顔を真っ赤にさせて怒っている一條。
初めて見た、一條の余裕の無い表情だった。
キスをされたくらいでこれまでキレるくらいだから、あんなにモテてるのに今回のこれが初キスだったのかもしれない。最悪なことに奇遇だが、俺もだ。
だがその尊い犠牲のおかげで、今がある
「俺達つきあうんだもんね? よろしくな、一條」
この場で最後まで余裕を崩さずにいられるのは俺だけだ。これが、作戦を仕掛けた側の強みである。
キスをされて赤面し、固まったままの一條へ、俺は勝ち誇るように微笑む。
――記念すべき、初勝利だった。
***
初勝利をおさめて以降、俺は当初の予定通り一條にべったり纏わり付いた。
一度勝者の立場を経験した俺の猛攻は、もう止まらない。
お昼を食べるときも一條の手を引いて二人きりで弁当を食べる。
体育も一條の手を引いて無理矢理ペアを組み、共に柔軟体操を行う。
放課後は「一緒に勉強しよ?というか教えて?」と図書館デートに何度も連れ出した。
一條の周囲にいる陽キャ軍団も最初の内は「また二人変な事やっているよ」と笑っていたのだが、この調子を二ヶ月続けたあたりで「ガチで兎飼、一條好きになったの?」と薄ら引いている様子だった。
俺の名誉がちゃくちゃくと傷ついているが、いいのだ。一條が「分かったからもう勘弁してくれ」と言えば、俺は完全に彼に勝ったことになる。
そんな一條はというと、作戦開始日からずっとうんざりした様子のままだ。
二人で弁当を食べている時も「これいつ辞めるわけ?」と疑う視線を向けるのをやめず、体育でペアを組んで密着している時も「……恥ずかしいと思わないの」と言葉を繰り返していた。
嫌がる一條を無理矢理図書館デートへ連れて行った時も、色々言われたが俺は負けなかった。「つき合おうと言ったのそっちじゃないッ!!」で一点突破したおしていた。
『ここ、間違ってる』
『あ、そっか。さっき言ってた公式か。……いやぁオレ バカダカラ 一條クン タスカル アリガトウ』
『……。べつに、兎飼は馬鹿ではないでしょ。国語はずっと悪くない成績取り続けてるし』
『え?』
『勘も悪くないから、すぐ覚えられる。頑張れ』
『え、お、おう』
……まぁ、勉強を教える時とかは、意外にもちょっと優しかったかもしれない。ちょっとだけ。ほんの一ミクロンだけだけど。
そんなこんなで、二人で過ごすようになってちょうど三ヶ月が経った今日。事件が起きた。
なんと彼女いない歴=俺が、女子に呼び出されたのだ。
トイレに行くために教室を出てすぐ、一年の校章をつけた女生徒に腕を掴まれ「昼休み校舎裏に来てください」とだけ口にして逃げるように去られたのである。びっくりしすぎて、尿意はいつの間にか消えていた。
そして訪れた昼休み。初めての体験に、心を躍らせながら俺は鼻歌交じりに指定された校舎裏へと向かった。
人気の無い校舎裏へ向かうと、彼女は一人待っていた。やってきた俺の存在に気づくと、パッと表情が明るくさせて駆けてきた。
「ごめんね? お待た――」
「兎飼先輩! すみませんこの手紙、一條先輩に渡してもらえませんか? 中はラインとインスタのID書いてあって、あのその――――!!」
まぁ、こんな感じの事だろうとはワカッテイタ。
とても興奮した様子で、既に俺を通して憧れの一條と自分が関係が持てる未来予想図が見えてしまっているのだろう。俺の様子などお構いなしで、一方的に俺への感謝と手紙を押しつけた。
「なんでこれを、俺に?」
「一條先輩とよく一緒にいますよね? あの、よかったら自分と一條先輩と関係が持てるように良かったら」
話している感じ、後輩ちゃんはどうやら俺と一條がつき合っている事(ポーズだが)も知らない様子である。
俺の事は一條と仲の良い友人程度に思っているみたいだ。不名誉なことに。
「先輩が卒業するまでにどうしても仲良くなりたくて、その」
「あー……」
卒業。
一條を想い頬を赤らめるその女の子の言葉に、そういえばもう間もなく自分達はこの学校を卒業することを自覚する。
俺にとって一條は憎い敵ではある。高校生活最後の年、俺は一度くらいあいつにぎゃふんと言わせようとばかり思い行動していた。実質、俺はあいつの高校生活最後の一年を奪っている。青春の一ページを、もぎ取っている最中なわけで。
このままつき合っているフリを続けていたら、本当に好きな子が出来た時、その子に誤解されてしまうのでは無いだろうかなんて、今更ながら思った。
それだけではなく例えば目の前の彼女と、あいつの出会いの妨げになったりとか。この子じゃなくてもアイツは俺と違ってモテるのでありえる話だ。
……そんな一條の幸せを奪いたいほど、俺はアイツのこと嫌いなのだろうか。
***
「兎飼、ぼーっとしてる」
「え、ああ。なにもない」
二人でこの帰り道を歩くのも、もう何回目だろうか。俺による強制手つなぎイベントも、最初の頃は一條は断固拒否していたが今は諦めたのかすっかり受け入れていて、俺達の手は繋がれたままだ。
「……この前、サブスクでロンゼロ見た。面白かった」
「え! 一條ってアニメ見るの?」
「見るよ。アニメくらい見るから。普通に」
意外だった。
一年の頃、一條はすぐに一軍の仲間入りをしていて、動画サイトすらあまり見ていない部類の人間だと思っていたから。
ちなみにロンゼロというのは、俺が高校一年の頃より追っているノベル原作のアニメ「ロングソートゼロ~魔王討伐~」という異世界転生ファンタジーアニメだ。サブスク配信があるとはいえ深夜アニメの類いのものなので結構知る人ぞ知るがっつりオタク向けである。
そういえばロンゼロにハマったのがきっかけに、一年の頃に今ともつるんでいるオタク友達と仲良くなり一條とも絡む事がなくなっていったな。
「俺もロンゼロめっちゃ好き!」
「知ってる」
「……あれ、言ってたっけ? 来週から三期始まるんだよ」
「クラスの奴らとよく話してただろ。別にあいつらだけじゃないから、アニメの話する相手」
「一條、全然そんなそぶり無かったしアニメとか興味ないと思ってたわ。一年の時もなんとなく距離空いていった事あったし」
「勝手に距離空けたのお前だろ。……俺じゃ無い男達とは、ベタベタすぐ仲良くなって俺とは距離取ってさ」
どこか拗ねた表情を見せる一條を見て、握っていた手に力が入った。
……そうか。俺は一條の知らない面が、結構あるかもしれない。
一年の時に、互いに普段過ごす人間達が変わってからは、こうやって会話をする事もなくなっていた。そう思えば突然、一條のウザ絡みが始まったので、じっくり互いが何が好きを知る機会もなかったと思う。
そんなだから、一條に対してこれまで俺は、多少の思い込みがあったかもしれない。
……ぎゃふんと言わせてやろうと思っていたが、もうここら辺できり上げで良いかだろう。
充分一條に俺は変なやつだと思われてるだろうし、以前のようなウザ絡みは無くなっていた。
もう十分、一條を振り回しきっただろう。
「今度……兎飼がよかったらさ、家で一緒に――」
「ねぇ、一條。これ」
「……なにこれ」
「一年の後輩女子からお前にだって。結構良い子そうだったよ」
繋いでいた手をそっと離してから、鞄の中に入れていた手紙を一條に手渡した。
「俺ら別れよっか」
別れるなんて言葉が自分達の関係であっているのかは分からないけれど。
俺が始めてしまった、この妙な関係からお前を解放してやろう。最初から一條はこのふざけた関係を気味悪がりながら嫌がりつつも、最後まで合わせてくれていたな。
俺と同じただの負けず嫌いなだけかもだけど、一條って本当は思っていた奴より意外に良い奴なのかもしれない。……なんて、少しだけ今は思えた。
***
一條に別れを告げたあの日から、俺と一條は話すことはなくなった。
弁当は一緒に食べることも無ければ、体育でペアになることも無い。当然、図書館へ一緒に行くことも無い。
「あ、」
「……」
それに一年生から続いていた、一條の俺へのうざ絡みも綺麗さっぱりなくなっていた。
当初の計画通り、俺達の関係と俺自身に飽きたのだろう。ここ一ヶ月では、同じクラスだというのに、まるで俺のことなど見えていないような態度を取っている。
友人達からも「兎飼の粘り勝ちじゃん」「本当にやりきるなんて思わなかった」と賞賛の嵐だった。
一年もかからずに、俺の目標は達成した。完全勝利、ガッツポーズである。
……そうだというのに、どこかすっきりしない自分がいる。
別れを告げた時、一條はどんな顔をしていただろうか。一條はなんて言っていただろうか。
後輩からの手紙を一條が受け取った事は覚えている。
その時に「あ、受け取るんだ」と自分が思ったことは覚えていて、それで頭がいっぱいになり他は何も覚えていない。
……なんで俺は、一條が後輩の手紙を受け取ったことにショックを受けたんだろう。
(あの子と一條、つき合ったのかな。女の子可愛かったしな。一條も顔だけは爽やか好青年だしお似合いだろうし……)
「……ちょっと、やだな」
二人の事を想像しただけで、自分の感情が口から零れていた。
ここ最近は何も考えたくなくて、一條との件があってから毎日友達と遊びに行っていたのだが、今日はこぞって皆が部活だったりバイトだったりで一人も捕まらず放課後俺は孤独に帰路についている。
暇になるとどうしても、一條の事を以前よりも多く考えてしまうのだ。
図書館デートもとい一條から勉強指導を受けていた時に、一條は俺のことを「馬鹿では無い。効率が少し悪いだけ」とおしえて貰った事がある。
一條に教えて貰ったノートのまとめ方や、勉強方法を始めてからは小テストの点数も上がった。それからは勉強することが前よりは少しだけ好きになった。一條とつき合った三ヶ月の、おかげである。
「べんきょー、するか」
帰り道。家に帰っても色々考え無駄に過ごすだけだと想い、このふざけた三ヶ月の間に何度か訪れていた図書館に来てみた。
今はテスト期間でも無いので、学生の利用は少ない。
この図書館は特別大きい訳でもない。そのために利用者もぽつりぽつりと少なく、皆離れた席に座っている。
大体いつ行っても図書館に来る人達の中で自分の専用の席のような、皆決まった所に座っていた。
俺達も手勉強をするときは、周囲に人がいない場所を選んで席についていた。そして、次第にそこが俺達の専用の席になっていた。
「……いるじゃん」
だが、いつも俺達が座っていた席には先客がいた。もしかしてと思ったけれど、その後ろ姿は間違いなく一條である。
無視されるかもしれないけれど、久々に見かけたその光景に震えそうになる声を無理矢理抑えてその背中に声をかけた。
「なにしてんの」
「……。関係ないでしょ」
話しかけた一條は、俺に気づいたが顔を向ける事無く、視線を本から外すこと無く読み続けていた。
「勉強してるの? 俺も一緒にしていい?」
「……じゃあ、俺は帰るし勝手にすれば」
「え、なんで」
「なんでって」
よく言えるね。
そう口にする一條は、俺やクラスメイトにもみせたことの無い怒りの感情をあらわにしていた。
……いや。怒りというか、よく見ると、こいつ泣いているような気がする。
……??
「泣いてる?!」
あの一條が図書館の端の席で、静かに涙を流しながら俺を睨んでいる。目の前の光景に脳が追いついてこず、唖然と一條の頬を静かに伝う涙をただ見つめてしまった。
「はっ……なに? 好きだった子に突然告られたと思ったら急にフラれて、一ヶ月間、情緒ぐちゃぐちゃなままで想い出に浸りに図書館に通ってるキモい男の傷まだえぐりたい訳?」
「えっ。それ、もしかして俺のこと言ってる?」
「他に誰がいるんだよ」
そう自嘲気味に笑う一條は、本当に俺がこれまで俺が知った気でいた『あの一條』なのだろうか。
「お前、女の子からの手紙受け取ってたじゃん」
「兎飼が渡してきた物なんだから、どんなものでも受け取るに決まってるだろ」
「えぇ……?」
なんだ、なんだろう。この胸の奥から湧き上がってくる感情は。
心臓が、今まで感じたことがないくらい熱を持っている。
湧き上がるというより――己の中で、この三ヶ月ずっと蓋をしていたもの。……いや、気づかないふりをして、必死に見ないようにしていた感情の正体に、今まさに触れてしまいそうな気がした。
なんで俺は、俺のことを思って泣いている一條の姿が、こんなにも――。
「かわ、いいんだな。一條って」
自然と口から出ていた自分の言葉に、自分で驚いた。
少し前、たった三ヶ月の自分なら絶対言わなかった言葉だと思う。
「うるさいお前の方が可愛いだろ一年の時からずっ――……もう話しかけないでくれ。余計なことが口から出てくるし、涙が馬鹿みたいに出てくる」
ああ、さっきからなんなんだ。この素直で愛おしい生き物は。
本人による自己申告で、情緒がぐちゃぐちゃだって言っていたけれど、こうなったのは、俺がきっかけなのか。一体いつから一條は俺を――いや、違うか。
俺が解っていなかっただけで、一條は前からわりと分かりやすく俺のことが好きだったのかもしれない。
それは俺が一條のことを少しだけ前より知っていることと、一條が少しだけ素直になってくれたおかげで気づくことができた。
「なぁ」
「なに」
「もしかしたら俺、一條のことすっごく好きかもしれない」
「もうそんな夢みたいな話を信じるか」
「ほんとほんと。……もう俺とつきあうのイヤになっちゃった?」
一條のすぐ隣の席に座り、改めて首を傾げながらそう訊ねると、一條はそんな俺を見て、わかりやすく息を呑んだ。
「断れるわけないだろ、俺が……くそ……」
耳まで赤くしながら悔しそうに項垂れる一條を見て、俺はもう胸の奥がどうしようもなく高鳴っていた。
「ふふ、可愛いな。お前って好きな子いじめたくなるタイプだったんだ」
「……」
「アニメに詳しいのも俺に合わせて? もしかして俺が友達と喋ってるといつも当たり強かったのも妬いたりしてた感じ?」
「兎飼って本当、妙なところ勘が働くから腹が立つ」
「正解なんかい」
俺は、一條に勝ちたくて嫌がらせ目的で近づいた。
一條に勝つ、一條に完勝する。
そう思っていたのだが、日本には「惚れた方が負け」という言葉がある。
そうなると今回俺は、一條に負けたこととなるし、一條も俺に負けているだろう。まぁ、引き分けだからまぁ良しとしよう。
俺をこの結果へ導いた『窮鼠がぶがぶ作戦』は、間違いなく名作戦だったと言えるだろう。
「困った。俺、一條悲しませたくないけど、一條の泣き顔がすごくタイプで」
「最悪だろお前」
「ごめんな。今度は前のよりもずっとエッチなキスしてやるから泣き止んで」
「……」
「うわ、素直」
晴れて、策士策に溺れながら、俺は気に入らない男の彼氏に(正式に)なった。
