雨の向こうに君がいる

 年が明けて、冬が終わった。
 受験が近づいてくると、教室では高校の話ばかりになった。

 誰がどこを受ける。
 あそこは偏差値が高い。
 こっちは校則が厳しい。
 静留は、もう進路を決めていた。
 美容系のコースがある高校。卒業したら専門学校へ進んで、美容師になる。
 そういう未来を、静留はもう自分の言葉で話せるようになっていた。
 俺と聖人には、まだなかった。

 ある日の放課後。
 いつもの防波堤で、俺たちは三人で海を見ていた。
 「で、結局二人はどうすんの?」
 静留が聞いた。
 「何が?」
 「高校だよ、高校。」
 俺と聖人は顔を見合わせた。
 「……まだ決めてない。」
 俺が言う。
 「俺も。」
 聖人も言った。
 「はぁ?!」
 静留が素っ頓狂な声を上げる。
 「お前ら、もう一月だぞ?!」
 「知ってる。」
 「知っててそれ?」
 「うん。」
 静留が頭を抱える。

 「夢がないって怖いな。」
 「静留に言われたくない。」
 「なんでだよ!」
 聖人が笑った。
 「でも、本当にどうすんの?」
 静留が海を見ながら聞いた。
 俺は少し考えた。

 行きたい高校があるわけじゃない。
 絶対にやりたいこともない。
 なら、どこでもいい。
 ……いや。
 どこでもいいなら。
 「……聖人。」
 「ん?」
 「お前、どこ行く?」
 「俺?」
 聖人は少し考えてから、近くの高校の名前を口にした。俺が考えていたところと同じだった。
 「……そこ?」
 「うん。」
 「俺もそこ。」
 聖人が少し目を丸くする。
 「ほんと?」
 「うん。」
 静留が横から口を挟む。
 「おいお前ら、そこにした理由は?」
 俺は少し考えた。
 「……近いから。」
 「嘘つけ!」
 「なんで分かるんだよ。」
 「お前、今めちゃくちゃ聖人見てたぞ。」
 「……」
 聖人が笑う。

 「じゃあなんで。」
 「何が?」
 「俺と同じ高校にする理由。」
 「……」
 言葉にすると、なんだか恥ずかしい。
 だから、少しだけ海を見た。
 「……別に、夢ないし。」
 「うん。」
 「やりたいこともないし。」
 「そう言ってるもんね。」
 「だったら……」
 そこで一度、言葉が止まった。

 「同じ方が楽しいかなって。」
 聖人は黙って俺を見た。
 数秒して。
 「……俺も。」
 小さく笑った。
 「そう思った。」
 「お前も?」
 「うん。」
 静留が呆れたように笑う。
 「お前ら、ほんと仲良いな……」
 「悪い?」
 「悪くないけどさ。」
 少しだけ寂しそうに笑った。
 「俺だけ別の高校じゃんか。」
 「静留は夢あるでしょ。」
 聖人が言う。
 「美容師になるんでしょ?」
 「だけどよ……」
 「じゃあ仕方ないよ。」
 「そうだけど。」
 静留は海を見た。

 「でも、高校違っても遊べるだろ。」
 俺は静留の顔を見た。…少し寂しそうで、でも覚悟を決めた顔だった。
 「当たり前じゃん。」
 「休みの日にここ集合しようぜ。」
 「いいね!」
 全員が頷く。
 「じゃあ、三人とも約束。」

 静留が手を出した。
 俺がその上に手を重ねる。
 聖人も少し笑って、その上に手を置いた。
 「何これ。」
 「友情の誓い!」
 「中学生かよ……」
 「中学生だよ?」

 静留の言葉に、三人で笑った。

 春になれば、制服が変わる。
 教室も変わる。
 毎日会うこともなくなる。
 それでも、三人で海を見る時間だけはなくならない。
 その時の俺は、本気でそう思っていた。

 夢なんてなくてもいい。
 高校なんてどこでもいい。
 ただ、聖人と一緒なら。
 静留とも、また会えるなら。
 それで十分だった。

 夏の夕立のように……いや、驟雨のように現れた聖人は、いつの間にか俺たちに欠かせない存在になっていた。