雨の向こうに君がいる


 翌日。
 放課後のチャイムが鳴ると、俺と静留はいつものように教室を出た。
 「今日も行く?」

 静留が聞く。
 「うん。」

 いつもと同じように、二人並んで歩く。
 「宮坂、来るかな。」
 「……さあ。」
 昨日のことを思い出す。

 『じゃあ、明日』

 あいつは確かにそう言った。

 でも、今日も来るなんて保証はない。
 転校してきたばかりだし、クラスの誰かに誘われているかもしれない。
 家に帰らなきゃいけないのかもしれない。

 そもそも、昨日のあれだって、ただの社交辞令だった可能性もある。
 そんなことを考えている自分に気づいて、少しだけ嫌になる。
 ……なんで気にしてるんだ。

 「お前、期待してる?」
 静留がニヤニヤしながら言った。
 「してない。」
 「即答じゃーん。」
 「うるさい。」
 防波堤へ向かう坂道を下る。
 海が見えてくる。

 昨日と同じ時間。

 昨日とどこか違う景色。
 俺たちは防波堤に腰を下ろした。
 静留が海を眺めながら言う。
 「来ないな。」
 「まだ来てないだけだろ。」
 「気にしてんじゃん。」
 「……」
 俺は無視して波の音を聞く。
 しばらくして。

 「……あ!」
 静留が声を上げた。
 坂道の向こうから、見覚えのある姿が歩いてくる。
 白いシャツ。
 鞄を肩にかけている。
 宮坂だった。
 
 「おーい!」

 静留が大きく手を振る。
 宮坂も気づいて、少しだけ手を上げた。
 「来た。」
 「見れば分かる。」
 「さっきの教室ぶり〜。」
 「ここで会うのは昨日ぶり。」

 宮坂は俺たちの前まで来ると、海を見た。
 「やっぱりいた。」
 「そりゃいるよ。」
 静留が笑う。

 「……昨日、明日も来るって言ったじゃん。」
 宮坂が言った。
 「……覚えてたんだ。」
 思わず口にすると、宮坂が俺を見る。
 「覚えてるよ?」
 なんでもないように言った。
 その言葉が、なぜか少しだけ嬉しかった。
 「じゃあ今日も三人で海見る?」
 静留が言う。
 「うん。」
 宮坂が頷く。
 俺も小さく頷いた。

 昨日と同じように、三人で防波堤に座る。
 けれど今日は、昨日より少しだけ近かった。
 「そういやさぁ。」
 静留が宮坂を見る。
 「宮坂って前の学校で何してたの?」
 「え、普通に学校行ってたよ。」
 「そうじゃなくて、部活とか。」
 「ああ。前はバスケ。」
 「マジ? じゃあ運動できる?」
 「普通かな。」
 「普通って言うやつ、大体できるんだよなぁ……」
 静留は口を尖らせて宮坂の腕をつついた。
 「南雲くんは?」
 「俺?」
 ようやく聞いたか、とでも言うように得意げに胸を張る。
 「俺は帰宅部のエース。帰宅速度はナンバーワン、部活対抗リレーでは毎回アンカーだぜ?」
 「……っ、何それ。」
 宮坂が笑う。

 「じゃあ木原くんは?」
 「……俺も帰宅部。」
 「え、二人とも?」
 「悪いかよ!」
 「いや、なんか意外。」
 宮坂が俺を見る。
 「木原くん、運動できそうなのに。」
 「え、そう?」

 心外だった。

 宮坂が俺のことを運動できると思っていることも、こうして話しかけてくることも。
 「うん。なんとなくだけどね。」
 「じゃあ宮坂は?」
 俺が聞く。
 「え、俺?」
 「うん。運動できそう。」
 「さっき言ったじゃん。」
 「普通なんだろ?」
 静留がまた宮坂の腕をついついとつつく。
 「うん、普通。」
 宮坂がくすぐったそうに笑った。
 「じゃあ勝負しようぜ」
 「何の?」
 「明日、体育あるじゃん。どっちが百メートル走速いか!」
 「中三男子が放課後にする会話じゃねえだろ……」
 「青春じゃーん!」
 「それ昨日も言ってた。」
 静留が豪快に笑って、俺もつられて笑った。

 宮坂が言う。
 「南雲くんって、ずっとこんな感じ?」
 「まあ。」
 俺は質問の意図がよくわからないまま、適当に答えた。
 「おい、宮坂、どういう意味だ。」
 「うーん……元気、みたいな?」
 「……うるさいってことだろ。」
 「おい由寿?」
 宮坂はふっと笑った。

 「木原くんって、思ったより喋るね。」
 「……そう?」
 「昨日、あんまり喋ってなかったから。」
 「宮坂が喋ってたからだろ。」
 そう言うと、宮坂は少し驚いた顔をした。
 自分でも言ったあと、完全に責任転嫁で身勝手だとは思ったが、それでも嫌な顔一つせず笑っている宮坂が不思議だった。
 「俺?」
 「うん。」
 「俺、そんなに喋ってた?」
 「……まあ。」
 宮坂は少し考えてから笑った。
 「じゃあ、その分木原くんが静かだったんだ。」
 「……悪かったな。」
 「悪いなんて言ってないよ。」

 宮坂は海を見た。
 ……その横顔がやけに大人っぽくて、俺は昨日の授業を思い出してなぜか頬が熱くなった。
 「木原くん、静かだけど、話すと面白いね。」
 「……」
 何も言えなかった。隣で静留が吹き出す。
 「お前、褒められてんじゃん!」
 「うるさい。」
 「顔赤くね?」
 「赤くない。」
 「赤いって。」
 「……夕陽。」
 「まだそんな沈んでないぞ」
 二人とも笑った。
 俺も、つられて笑った。

 ____こんなくだらない会話をするだけで、一日が少し楽しくなる。

 それから俺たちは、毎日のように防波堤へ行くようになった。
 最初は三人で海を見るだけだった。
 そのうち、学校であったことを話すようになった。
 誰が先生に怒られただとか。
 次のテストが嫌だとか。
 夏休みに何をするだとか。
 どうでもいい話ばかりだった。


 でも。
 そういうどうでもいい話を、俺は覚えている。
 宮坂が笑ったこと。
 静留がくだらないことを言ったこと。
 帰り道にコンビニへ寄って、三人でアイスを買ったこと。
 海を見ながら、将来何になりたいかなんて話したこと。

 特別な一日なんて、一日もなかった。
 だからこそ。
 その全てが特別に感じた。