雨の向こうに君がいる


 昼休みになると、宮坂の席にはまた人が集まった。

 「前どこ住んでたの?」
 「好きな教科なに?」
 「部活入る?」
 「彼女いる?」
 質問が飛ぶたびに、宮坂は困ったように笑いながら答えていた。
 「前は隣の市。部活はまだ決めてない。好きな教科は……社会とか?」
 
 そして最後の質問だけは、少し間があった。
 「彼女は?」
 「……いないよ。」
 そう言って、宮坂は笑った。
 「なんだよー、つまんねえ。」
 誰かが茶化す。
 宮坂も笑っていた。
 …俺はそれを、少し離れたところから眺めていた。
 別に聞き耳を立てていたわけじゃない。ただ、目に入るだけだった。
 転校初日。
 普通ならもっと緊張していてもおかしくない。
 なのに宮坂は、誰に話しかけられても嫌な顔をしない。相手の話をちゃんと聞いて、少し考えてから答える。
 きっと人付き合いが得意なんだろう。俺とは正反対だ。
 そんなことを考えていると、隣から声がした。
 「なあ、由寿〜。」
 「なに。」
 「お前、さっきから宮坂見てない?」
 「……見てない。」
 「見てるじゃん。」
 「…………見てない。」
 「今も見てる。」
 「……」
 俺は慌てて視線を逸らした。
 静留が吹き出す。
 「図星じゃん。」
 「違う。ただ珍しいだけ。」
 「はいはい。」
 静留は面白そうに笑った。
 「まあ、分かるけどな。あいつ、なんか変だし。」
 「……変。」
 その言葉を、頭の中でもう一度繰り返す。
 変。
 確かに宮坂には、どこか俺たちとは違う空気を纏っているところがあった。

 転校初日だというのに、一切緊張しているようには見えない。
 かといって、気取っているわけでもない。
 少し砕けていて、爽やかで、明るい。
 よく青春ドラマに出てくるような、「THE・転校生」みたいな雰囲気なのに、どこか大人びている。
 ……同い年のはずなのに、少しだけ遠くにいるような。
 授業中に見た表情は、特にそうだった。
 教科書に視線を落としている時。窓の外をぼんやり眺めている時。
 人と話している時とは別人みたいに静かだった。
 その静けさは、俺が好きな夕凪の海に少し似ていた。
 波はあるのに、音だけが遠い。昼間の海みたいな眩しさはなくて、空と海の境目が曖昧になるような、あの時間。

 宮坂にも、そんなところがあった。でも、人と話している時は違う。
 よく笑う。
 相手の話を聞いて、少しだけ首を傾けて、それから笑う。
 大きな声で笑うわけじゃないのに、周りまでつられて笑ってしまうような笑い方だった。
 その笑顔は明るい。明るいのに、うるさくない。
 なんというか。
 人に合わせているようで、合わせすぎていない。
 自分のところまで相手を引っ張ってくるわけでもなく、かといって相手に合わせて無理をしているようにも見えない。
 ただ、そこにいる。それだけで、なんとなく場に馴染んでいる。
 ……不思議なやつだった。

 「褒め言葉だよ。」
 静留はそう言って、弁当の卵焼きを口に放り込んだ。
 俺はもう一度だけ、宮坂を見る。
 その時だった。
 宮坂がこちらを見ていた。
 目が合う。
 俺は反射的に逸らした。
 ____見られていた。
 なんとなく気まずくなって、机の上の消しゴムを意味もなく触る。
 すると。
 「木原くん。」
 声がした。
 顔を上げると、宮坂が俺の机の横に立っていた。
 近くで見ると、やっぱり肌が白い。それに、思っていたより背が高かった。
 「……なに。」
 「さっきから、俺のこと見てた?」
 心臓が、一拍だけ遅れた。
 「見てない。」
 即答した。宮坂は一瞬だけ目を丸くして、それから笑った。
 「そっかぁ。」
 それ以上は追及しなかった。ただ、自分の席へ戻る前に振り返る。
 「木原由寿、だよね?」
 「……なんで知ってる。」
 「先生が呼んでたから。」
 「ああ……」
 それだけだった。話せるかもしれない、と少し期待した俺が馬鹿らしかった。

 宮坂は自分の席へ戻っていく。俺はその背中を目で追った。
 そして、ふと思った。
 ……こいつ、俺の名前を覚えてたんだ。
 それだけのことなのに、なぜか少しだけ嬉しかった。