雨の向こうに君がいる

 「ねえ、男だと思う?女だと思う?」
 人生で初めて転校生を見るらしい静留はずっと落ち着かない様子で、忙しなく教室を出たり入ったりしていた。
 「この時期に来るんだったらさ、夏休み終わってから来るべきだったと思うんだよね。」
 結局歩き回っても無駄だと思ったらしく、俺の席の前の椅子を引いて反対向きに座った。
 「由寿も関心ないフリしてるけど、どうせ結構楽しみなんだろ?」
 ニヤリと静留は笑った。
 「まあ、それはそうだけど。」
 俺は自分の指先から顔を上げ、目の前の静留を見た。
 「ほら、やっぱ楽しみにしてるじゃん。」
 静留が満足そうに笑う。
 「別に。転校生なんて珍しいだけだろ。」
 「珍しいから気になるんだって。」
 そう言いながら、静留はまた廊下の方を覗いた。
 本当に落ち着きがない。
 「まだ来ないのかよ……。」
 「先生より先に確認しようとするな。」
 「だって気になるだろ。もしめちゃくちゃ美女だったらどうする?」
 「中三の転校生に何期待してんだよ。」
 俺は椅子から腰を浮かし、静留の頭を軽くはたいた。
 「夢くらい見させてくれよ〜……」
 静留はこの後来るかもしれない絶世の美女に思いを馳せていた。

 廊下を吹き抜けた風が、カーテンをふわりと揺らした。
 誰かが「暑っ」と窓を開ける。
 その向こうでは蝉が一匹だけ鳴き始めていた。
 そんな音に紛れるように、チャイムが鳴った。 静留は慌てて椅子を戻し、自分の席へ滑り込む。
 教室のざわめきが少しだけ静まった。
 「はい、おはよーう。」
 担任のいつも通りの気の抜けた声を聞いて、静留が後ろで「は?まさかあの席ただの空席?」と落胆したような声を上げた。
 だが。
 後ろに、見知らぬ顔がいた
 先生の後ろには、見知らぬ男子が立っていた。
 最初に目についたのは、肌だった。
 ……白い。
 日に焼けたクラスメイトばかりの教室で、一人だけ色が違う。
 夏なのに、夏らしくない。
 そんな印象だった。
 担任が軽く振り返る。

 「今日からこのクラスで一緒に勉強する、宮坂聖人(みやさかせいと)だ。まあもうすぐ夏休みだから、本格的に生活するのは夏休み明けからだな。」

 担任はそいつの背中を軽く押した。 
 一歩前へ出たその男子は、教室をゆっくり見渡した。
 緊張しているようには見えない。かといって、余裕ぶっているわけでもない。
 ただ、一人ひとりの顔をちゃんと見ている。
 「宮坂聖人です。」
 少し頭を下げる。
 「よろしくお願いします。」
 よく通る声だった。
 静かだけど、不思議と耳に残る。
 誰かが小さく拍手をすると、それが教室中へ広がっていく。
 その中で、宮坂は少し照れくさそうに笑った。
 その笑顔を見た瞬間、静留が俺の方をちらっと見て、口だけ動かした。

 『思ったより普通。』
 俺は小さく肩をすくめる。
 ……そうだ。
 この時の俺は、そう思っていた。

 ただの転校生。
 少し肌が白くて、少し笑顔がうまい。
 それくらいの認識だった。
 少し儚くて、少し朧げな雰囲気。

 __ただ、それだけだった。