雨の向こうに君がいる

 中学三年、最後の夏休み前だった。
 その年に初めて蝉の鳴き声を聞いたのは七月半ばで、夏休みが始まるちょうど前あたり。
 教室は落ち着きがなく、「夏休みどこ行くー?」「部活多い。」などと夏休み前特有の話題で持ちきりだった。
 「由寿(ゆず)はどっか行くの。」
 後ろから話しかけられて振り向くと、南雲静留(なぐもしずる)が俺の後ろの机の上に座っていた。行儀が悪い上他人の机だが、それ含めて静留という人間である。
 「……俺、家がどっちも県内だから。」
 「すなわち帰省で都会に行けるわけではないと。可哀想に。」
 静留が俺の頭を撫でようと手を伸ばしたのを察知し、「やめろ」と少し笑いながらその手を払う。
 「ちなみに俺もどこかに行けるわけではない。ともに楽しい夏を過ごそうぜ、木原さんよ。」

 静留のそんな声を聞き流しながら、俺は窓の外を眺めていた。
 夏は嫌いじゃない。
 毎年何かが起きる気がするけど、何も起こらない。そんな不思議な何かに包まれる夏が好きだった。

 「そーいやさ。」
 静留が教室の右前を指差す。
 …知らない机が、一つ増えていた。
 誰のものでもなかった場所に、真新しい机と椅子が置かれている。
 「転校生だって。」
 「……そう。」
 特に興味なさそうに返事をする。
 「反応うすいって!」
 「……」
 「既聞スルーはよくないですよお兄さん。」

 転校生が来る。なぜか夏休み直前に。
 それ以上、考えなかった。
 転校生なんて、俺には関係のない話だと思っていた。

 人はいつも、誰かとの出会いを特別なものとして覚えている。
 でも実際は違う。
 その日はただ、いつもと違う机が一つ増えただけだった。
 その時の俺は知らなかった。
 十七年後も、その机の場所を覚えていることになるなんて。