雨の向こうに君がいる

 翌朝。
 目を覚ますと、部屋が妙に明るかった。
 カーテンの隙間から差し込んだ光が、床に細長く伸びている。
 「……晴れてる。」
 隣を見る。
 聖人はまだ寝ていた。
 昨日あれだけ「晴れ男だから」と言っていたくせに、本人は気持ちよさそうに布団にくるまっている。
 「おい。」
 肩を軽く揺らす。
 「ん……」
 「起きて。」
 「……何。」
 「晴れてる。」
 聖人は目を開けた。
 しばらく何も言わずに俺を見る。
 それから、窓の方へ顔を向けた。

 「ほら。」
 「何が。」
 「言ったじゃん。」
 「……ほんとだ。」
 聖人が笑う。
 朝の光が、白い頬に当たっていた。
 「俺、晴れ男だから。」
 「はいはい。」
 「信じてなかったでしょ。」
 「別に。」
 「絶対信じてなかった。」
 「うるさい。」
 聖人は笑いながら起き上がった。
 窓を開けると、昨日までの雨が嘘みたいに空が青かった。
 濡れた道路が光っている。

 軒先から落ちる水滴が、朝の陽にきらきらしていた。
 「……雨上がりって、いいね。」
 聖人が呟いた。
 「そう?」
 「うん。」
 「意外。」
 「何が?」
 「お前、雨嫌いそうだから。」
 「嫌いじゃないよ。」
 聖人は外を見たまま言った。

 「雨の後の空が好き。」
 「……ふーん。」
 「何その反応。」
 「……よくわかんない。」
 そう言いながら、俺も窓の外を見た。
 昨日まであんなに降っていたのに。
 空は何もなかったみたいな顔をしている。
 「じゃあ、海行く日も晴れるかな。」
 聖人が言った。
 「そのうちな。」
 「うん。」
 その「そのうち」が、ずっと先のことなのか。
 来週なのか。
 夏休みなのか。
 そのときの俺には、そんなことを考える理由もなかった。
 ただ、三人で海へ行く。
 それだけの約束だった。


 そのあと。
 「え、雨上がりってこんな暑いっけ。」
 「もう夏だからだろ。」
 「しんど。俺暑いの無理。」
 俺と聖人は、学校への道を歩いていた。
 普段はバスを使って通学する聖人も、今日は俺の家から学校に向かうため二人で並んで学校へ向かう。なんだか新鮮だった。
 「なんか変な感じだね。」
 聖人が隣で笑った。
 「何が?」
 「こうやって一緒に学校行くの。」
 「途中まで一緒じゃん。」
 「帰りはね。」

 そう言われてみれば、確かにそうだった。
 放課後は聖人と二人で帰っていたけれど、住んでいるところが違うから途中で別れることがほとんどだった。
 だから朝からこうして並んで歩くのは初めてだった。
 いつもならバスに乗っている時間を、今日は歩いている。

 六月の朝とは思えないほど、日差しが強かった。
 昨日の雨で濡れたアスファルトが、太陽をそのまま跳ね返している。
 「……暑い。」
 聖人が呟く。
 「さっきからそれしか言ってないじゃん。」
 「だって暑い。」
 「南にあるんだから仕方ないだろ。」
 「それでも暑いものは暑い。」
 聖人は制服の襟元を少し引っ張った。
 「昨日まで雨だったのに。」
 口を尖らせて足元の石を蹴飛ばす聖人を横目に、俺は学生鞄を持ち直す。

 「だからじゃない?」
 「何が?」
 「雨の後って、余計に蒸すじゃん。」
 「あー……」
 聖人が空を見上げる。
 雲ひとつない。
 昨日まであれだけ降っていたのが嘘みたいだった。
 「でも、晴れた。」
 「……え。」
 「ほら。」
 聖人が得意げに笑う。
 「俺、晴れ男だから。」
 「……その話、今日の朝もしたよね。」
 「すごいでしょ?」
 「……まあ。」
 「そうでしょ。それが俺の仕事!」
 「何の仕事だよ。」

 思わず笑う。
 聖人も笑った。
 そのまましばらく、他愛のない話をしながら歩いた。聖人と歩く通学路は、いつもより少し長く感じた。
 けれど、不思議と嫌ではなかった。
 「そういえば。」
 聖人が言った。
 「昨日の話。」
 「海?」
 「うん。」
 「行く?」
 「行きたい。」

 返事が早かった。
 「静留にも言おうよ。」
 「今日?」
 「今日。」
 「でも静留、学校違うじゃん。」
 「じゃあ帰ってから連絡する。」
 「電話?」
 「メッセージ。」
 「静留、返信遅いよ。」
 「じゃあ返ってくるまで待つ。」
 「……気長だな。」
 「海のためなら、ね。」
 聖人はそう言って、少しだけ前を歩いた。
 そして振り返る。
 「由寿。」
 「ん?」
 「今年の夏、ちゃんと遊ぼうね。」
 突然だった。
 けれど、聖人はいつもの顔で笑っていた。
 だから俺も、深く考えずに頷いた。

 「うん。」
 濡れた道路の上を、二人分の影が伸びていた。
 昨日まで降っていた雨は、もうどこにも残っていないように見えた。