雨の向こうに君がいる

 夜。

 母さんに「明日の朝、ちゃんと起きなさいよ」と念を押されて、俺たちは布団に入った。
 一応客扱いの聖人は普段俺が寝ているベッド、俺は母さんが持ってきた敷布団を床に敷いて寝転がった。
 雨はまだ降っていた。
 窓の外から、絶え間なく雨音が聞こえてくる。
 昼間よりもずっと静かなはずなのに、雨の音だけがやけに大きく感じた。

 電気を消してから、しばらくはくだらない話をしていた。
 明日の宿題がどうとか。
 静留が最近どうとか。
 今度こそ三人で海に行こうとか。
 そんな話をしているうちに、聖人の返事が少なくなった。
 「……聖人?」
 返事はない。
 隣を見る。
 もう眠っていた。
 「寝るの早くね……?」
 小さく呟いて、俺も目を閉じようとした。

 けれど、なかなか眠れなかった。
 雨の音が気になる。
 それに、隣に人がいるというのも、なんとなく落ち着かなかった。
 普段なら一人で寝ている部屋に、今日は聖人がいる。
 それだけなのに、いつもの部屋が少し違って見えた。
 俺はもう一度、隣を見る。
 聖人は仰向けになって眠っていた。
 昼間はあれだけよく喋っていたのに、今は何も言わない。

 目を閉じているせいか、起きているときより幼く見えた。
 でも、やっぱり白い。
 暗い部屋の中でも、それだけは分かった。
 頬にかかった髪が少し濡れている。
 風呂上がりにちゃんと乾かさなかったらしい。
 「風邪ひくぞ……」
 聞こえるはずもない声で呟く。
 返事はあるわけ。
 俺はしばらく、その寝顔を見ていた。

 別に、何か特別な理由があったわけじゃない。
 ただ、なんとなく。聖人の寝顔をずっと見ていた。

 ふと、初めて会った日のことを思い出した。
 転校してきたばかりの聖人は、教室の中でも妙に目立っていた。
 白い肌。
 強い目。
 あまり緊張しているようには見えなくて、かといって馴れ馴れしいわけでもなかった。
 変なやつだと思った。
 でも、不思議と嫌じゃなかった。
 むしろ、気になった。
 ……あの日から、もう随分経った。
 中学を卒業して、高校生になって。気づけば、こうして自分の部屋で隣に寝ている。
 なんだか変な感じがした。
 俺は天井を見る。
 それから、もう一度聖人を見る。
 
 ——海に似てるな。
 初めて会ったときにも、そんなことを考えた気がする。

 静かな海。
 夕方の、波の音だけが聞こえるような海。
 近くにいるのに、どこか遠い。
 何を考えているのか分からないのに、目を離すことができない。
 ……俺の、好きな海。

 聖人は、そういうところがあった。
 起きているときは、もっと騒がしい。
 くだらないことで笑うし、急に変なことを言うし、今日だって雨の中を走りながら楽しそうにしていた。
 なのに、こうして眠っていると、やっぱり静かだった。
 波が止んでいるみたいだった。
 「……海、か。」
 自分で呟いて、少し笑う。
 何言ってるんだ、俺。
 友達を海に例えるなんて。
 でも、そう思ってしまったものは仕方なかった。

 窓の外を見る。
 雨はまだ降っている。
 街灯に照らされた雨粒が、暗闇の中を斜めに流れていく。
 明日には晴れるだろうか。
 今日、聖人は自分で言っていた。
 俺は晴れ男だから、と。
 馬鹿みたいな話だ。
 けれど、なんとなく本当に晴れる気がした。

 ……明日は晴れて。
 そのうち、三人で海に行って。
 防波堤に座って、またくだらない話をする。
 きっと、そんな日が来る。
 俺はそう思いながら、目を閉じた。
 隣では、聖人が静かに眠っている。
 雨の音だけが、夜の部屋に残っていた。