五月の終わり。
俺と聖人は、静留の通う高校の校門前に立っていた。
「……文化祭って、こんな早い?」
俺が言う。
「俺も思った。」
聖人が隣で頷いた。
「まだ五月だぞ。」
「夏にもなってない。」
「なのに文化祭。」
一昨日に静留から送られてきた二人分の文化祭チケットをポケットから取り出す。
『桐ヶ谷美容専門学校 文化祭』
キラキラの文字でそうプリントされていて、いかにも”陽キャ”感が漂っていた。
「やっぱ美容系の専門学校って陽キャなんかな。こう…髪染めたりとか。」
「だろうね。」
「由寿は髪染め似合わなそう。」
「染めねぇよそもそも。」
退学になるだろ、と聖人を軽く小突くと、聖人は声をあげて笑った。
『文化祭開催中!』
目の前の校門には、大きな看板が立っていた。
「高校って秋に文化祭やるもんじゃないの?」
「学校によるんじゃない?」
「知らん。」
俺はスマホを取り出す。
昨日、静留から来たメッセージを見る。
『明日、絶対来い』
それだけ。
その前日に突然送られたチケットに加え、あまりにも雑な招待だった。
「招待する気ある?」
「静留らしい。」
聖人が笑った。
校内へ入る。
最初に思ったのは、なんだか中学校とは全然違うということだった。
制服を着ている生徒が一人もいない。
パーカー。
シャツ。
スニーカー。
髪型も、それぞれ違う。
「……すげえな。」
「自由なんだね。」
「俺らの学校だったら先生に怒られる。」
「即指導だね。」
「聖人も髪染めたい?」
「……俺はいいかな。」
「お前もか。」
そんな話をしながら、俺たちは廊下を歩く。
「静留、どこだろ。」
「二階って言ってなかった?」
階段を上がる。
その途中。
「……あ。」
聖人が足を止めた。
「……何?」
「由寿。」
「ん?」
「……あれ。」
聖人が廊下の先を指差す。
そこに、数人の生徒に囲まれて笑っている男子がいた。
黒いTシャツ。
細身のパンツ。
アクセサリーを左耳に一つだけつけている。
……そして。
髪。
「……明る。」
思わず声が出た。
オレンジに近い明るい茶色で、光に反射すると明るく鮮やかに発色していた。
前髪はセンター分けで、ウルフカットに近いテイストでラフに整えられていて……
かっこいい。
「____すげぇ。」
俺が呟く。
聖人も黙っている。
「先輩かな。」
「高二くらいじゃない?」
「でもこの階にいるってことは高一じゃね。」
「じゃあ聞いてみる?」
「……いや。」
その男子が、こっちを振り向いた。
目が合う。
一瞬。
男子の表情が固まった。
「……え?」
聞き慣れた声だった。
「由寿?」
「……」
「聖人?」
「……」
俺と聖人は、同時に顔を見合わせる。
もう一度、その男子を見る。
明るい髪。
私服。
中学の頃より、少し大人っぽくなった顔。
「……静留?」
「そうだけど。」
「えっ。」
「何その反応!?」
聖人が一歩近づく。
「待って。」
「何。」
「ほんとに静留?」
「ほんとだよ!」
「証拠は?」
「何の!?」
俺はまだ信じられないまま静留を見る。
「……髪。」
「染めた。」
「見れば分かる。」
「じゃあ聞くなよ。」
「なんでそんな明るくしたの?」
「髪染め自由だから。」
「自由だからって。」
「やってみたかった。」
静留が自分の髪を軽く触る。
「どう?」
「……」
俺は答えない。
聖人を見る。
聖人も俺を見る。
「何。」
静留が少し不安そうになる。
俺が言う。
「……似合ってる。」
静留が目を丸くした。
「え。」
聖人が続ける。
「普通に似合ってる。」
「え。」
「なんか。」
俺はもう一度静留を見る。
「腹立つ。」
「褒めた直後に!?」
「……だって。」
「何だよ。」
「イケメンになってる。」
「元からだろぉ〜?」
「自分で言うな。」
「いや、でもさ。」
聖人が笑う。
「ほんとに一瞬分からなかった。年上かと思ったもん。」
「だろ?」
静留が急に得意げになる。
「これが美容の力。」
「ただ髪染めただけだろ。」
「うるせぇ!」
「でも、髪だけじゃない気がする。」
聖人が静留を見た。
「服とかも。」
「……まあ。」
静留は少し照れたように笑った。
「周りがそういう学校だからさ。色々教えてもらった。」
「へえ。」
「俺も一応、勉強中。」
その言葉を聞いて、少しだけ納得する。
静留はもう、自分の好きなものの中にいる。
中学の頃と同じように笑っているのに。
少しだけ、知らない世界にいるように見えた。
「……なんか悔しい。」
俺が言う。
「何が?」
「お前だけ先に高校生してる。」
静留が笑う。
「由寿も聖人も高校生だろ。」
「そういう意味じゃない。」
「…でも、由寿が言ってる意味、ちょっと分かる。」
聖人が頷いた。
「静留、すごい変わった。」
静留は少しだけ黙った。
それから笑う。
「お前らも変わるよ。」
「俺らはいい。」
「なんで。」
「今のままで楽しいし。」
何気なく言った。
聖人が俺を見る。
静留も見る。
「……何。」
「いや。」
静留が笑った。
「由寿らしいなって。」
「意味分かんない。」
「褒めてんの。」
「……そう。」
「ありがたく受け取れよ?」
「はいはい。
俺が適当に返すと、静留は何かを思い出したように「あ」と声を漏らした。
「そういやさぁ。」
「何?」
「……お前らってさ、」
静留が俺と聖人を交互に見る。
そのニヤリとした笑みに、嫌な予感が背筋を走った。
「……何。」
「付き合った?」
「…………は?」
俺と聖人の声が重なった。
静留が目を丸くする。
「え、違うの?」
「何が?」
「いや、付き合ってんのかなって。お前ら。」
「なんで?」
俺が聞く。
静留は少し考えるように首を傾げた。
「だってお前ら、ずっと一緒じゃん。」
「友達だからだろ。」
「高校も同じにしたじゃん。」
「それも友達だから。」
「毎日一緒に帰ってるじゃん。」
「友達だから。」
「休みの日も二人で遊んでるじゃん。」
「それも、友達だからで……」
聖人が横で笑い始めた。
「静留、なんでそんなに気になるの?」
「いや、だって!」
静留が俺たちを指差す。
「中学の頃からずっと思ってたけど、距離近くね?」
「そう?」
「そうだよ!」
「普通じゃない?」
「普通じゃねえよ!」
静留が頭を抱える。
「お前ら、二人とも無自覚なの?」
「何が?」
「そこ!」
「どこ?」
「そういうところ!」
静留が盛大にため息をついた。
俺はよく分からないまま聖人を見る。
聖人も俺を見る。
「……俺たち、そんなに変?」
聖人が聞く。
「変。変に決まってるだろ!」
静留は即答した。
「でも、付き合ってないよね?」
「付き合ってないね。」
俺と聖人は二人で頷く。
「じゃあ何?お前らはどういう関係なの?夫婦?」
「どういう関係って……」
俺は少し考えた。
「友達?」
「親友。」
聖人が付け足す。
「……まあ、そんな感じ。」
静留が黙る。
しばらく俺たちを見たあと、呆れたように笑った。
「そっか。」
「何。」
「いや……」
静留が肩をすくめる。
「お前ら仲良いなー、って思っただけ。」
「さっきも言ってたじゃん。」
「だな。」
静留は笑った。
「でもまあ、今はそれでいいか。」
「何それ。」
「なんでもない。」
そう言って、静留は先に歩き出した。
「ほら、次行くぞー。」
「どこ?」
「俺のクラス。次、俺が髪やってやる!」
「俺はいい。」
「由寿は絶対やる。」
「なんでだよ……」
「せっかく文化祭来たんだから!」
「聖人、助けて。」
「……ごめん。俺も見たい。由寿の派手髪。」
「裏切り者。退学になったらお前のせいだぞ。」
聖人が笑った。
静留も笑う。
俺も、小さく笑って仕方なくその後を追った。
俺と聖人は、静留の通う高校の校門前に立っていた。
「……文化祭って、こんな早い?」
俺が言う。
「俺も思った。」
聖人が隣で頷いた。
「まだ五月だぞ。」
「夏にもなってない。」
「なのに文化祭。」
一昨日に静留から送られてきた二人分の文化祭チケットをポケットから取り出す。
『桐ヶ谷美容専門学校 文化祭』
キラキラの文字でそうプリントされていて、いかにも”陽キャ”感が漂っていた。
「やっぱ美容系の専門学校って陽キャなんかな。こう…髪染めたりとか。」
「だろうね。」
「由寿は髪染め似合わなそう。」
「染めねぇよそもそも。」
退学になるだろ、と聖人を軽く小突くと、聖人は声をあげて笑った。
『文化祭開催中!』
目の前の校門には、大きな看板が立っていた。
「高校って秋に文化祭やるもんじゃないの?」
「学校によるんじゃない?」
「知らん。」
俺はスマホを取り出す。
昨日、静留から来たメッセージを見る。
『明日、絶対来い』
それだけ。
その前日に突然送られたチケットに加え、あまりにも雑な招待だった。
「招待する気ある?」
「静留らしい。」
聖人が笑った。
校内へ入る。
最初に思ったのは、なんだか中学校とは全然違うということだった。
制服を着ている生徒が一人もいない。
パーカー。
シャツ。
スニーカー。
髪型も、それぞれ違う。
「……すげえな。」
「自由なんだね。」
「俺らの学校だったら先生に怒られる。」
「即指導だね。」
「聖人も髪染めたい?」
「……俺はいいかな。」
「お前もか。」
そんな話をしながら、俺たちは廊下を歩く。
「静留、どこだろ。」
「二階って言ってなかった?」
階段を上がる。
その途中。
「……あ。」
聖人が足を止めた。
「……何?」
「由寿。」
「ん?」
「……あれ。」
聖人が廊下の先を指差す。
そこに、数人の生徒に囲まれて笑っている男子がいた。
黒いTシャツ。
細身のパンツ。
アクセサリーを左耳に一つだけつけている。
……そして。
髪。
「……明る。」
思わず声が出た。
オレンジに近い明るい茶色で、光に反射すると明るく鮮やかに発色していた。
前髪はセンター分けで、ウルフカットに近いテイストでラフに整えられていて……
かっこいい。
「____すげぇ。」
俺が呟く。
聖人も黙っている。
「先輩かな。」
「高二くらいじゃない?」
「でもこの階にいるってことは高一じゃね。」
「じゃあ聞いてみる?」
「……いや。」
その男子が、こっちを振り向いた。
目が合う。
一瞬。
男子の表情が固まった。
「……え?」
聞き慣れた声だった。
「由寿?」
「……」
「聖人?」
「……」
俺と聖人は、同時に顔を見合わせる。
もう一度、その男子を見る。
明るい髪。
私服。
中学の頃より、少し大人っぽくなった顔。
「……静留?」
「そうだけど。」
「えっ。」
「何その反応!?」
聖人が一歩近づく。
「待って。」
「何。」
「ほんとに静留?」
「ほんとだよ!」
「証拠は?」
「何の!?」
俺はまだ信じられないまま静留を見る。
「……髪。」
「染めた。」
「見れば分かる。」
「じゃあ聞くなよ。」
「なんでそんな明るくしたの?」
「髪染め自由だから。」
「自由だからって。」
「やってみたかった。」
静留が自分の髪を軽く触る。
「どう?」
「……」
俺は答えない。
聖人を見る。
聖人も俺を見る。
「何。」
静留が少し不安そうになる。
俺が言う。
「……似合ってる。」
静留が目を丸くした。
「え。」
聖人が続ける。
「普通に似合ってる。」
「え。」
「なんか。」
俺はもう一度静留を見る。
「腹立つ。」
「褒めた直後に!?」
「……だって。」
「何だよ。」
「イケメンになってる。」
「元からだろぉ〜?」
「自分で言うな。」
「いや、でもさ。」
聖人が笑う。
「ほんとに一瞬分からなかった。年上かと思ったもん。」
「だろ?」
静留が急に得意げになる。
「これが美容の力。」
「ただ髪染めただけだろ。」
「うるせぇ!」
「でも、髪だけじゃない気がする。」
聖人が静留を見た。
「服とかも。」
「……まあ。」
静留は少し照れたように笑った。
「周りがそういう学校だからさ。色々教えてもらった。」
「へえ。」
「俺も一応、勉強中。」
その言葉を聞いて、少しだけ納得する。
静留はもう、自分の好きなものの中にいる。
中学の頃と同じように笑っているのに。
少しだけ、知らない世界にいるように見えた。
「……なんか悔しい。」
俺が言う。
「何が?」
「お前だけ先に高校生してる。」
静留が笑う。
「由寿も聖人も高校生だろ。」
「そういう意味じゃない。」
「…でも、由寿が言ってる意味、ちょっと分かる。」
聖人が頷いた。
「静留、すごい変わった。」
静留は少しだけ黙った。
それから笑う。
「お前らも変わるよ。」
「俺らはいい。」
「なんで。」
「今のままで楽しいし。」
何気なく言った。
聖人が俺を見る。
静留も見る。
「……何。」
「いや。」
静留が笑った。
「由寿らしいなって。」
「意味分かんない。」
「褒めてんの。」
「……そう。」
「ありがたく受け取れよ?」
「はいはい。
俺が適当に返すと、静留は何かを思い出したように「あ」と声を漏らした。
「そういやさぁ。」
「何?」
「……お前らってさ、」
静留が俺と聖人を交互に見る。
そのニヤリとした笑みに、嫌な予感が背筋を走った。
「……何。」
「付き合った?」
「…………は?」
俺と聖人の声が重なった。
静留が目を丸くする。
「え、違うの?」
「何が?」
「いや、付き合ってんのかなって。お前ら。」
「なんで?」
俺が聞く。
静留は少し考えるように首を傾げた。
「だってお前ら、ずっと一緒じゃん。」
「友達だからだろ。」
「高校も同じにしたじゃん。」
「それも友達だから。」
「毎日一緒に帰ってるじゃん。」
「友達だから。」
「休みの日も二人で遊んでるじゃん。」
「それも、友達だからで……」
聖人が横で笑い始めた。
「静留、なんでそんなに気になるの?」
「いや、だって!」
静留が俺たちを指差す。
「中学の頃からずっと思ってたけど、距離近くね?」
「そう?」
「そうだよ!」
「普通じゃない?」
「普通じゃねえよ!」
静留が頭を抱える。
「お前ら、二人とも無自覚なの?」
「何が?」
「そこ!」
「どこ?」
「そういうところ!」
静留が盛大にため息をついた。
俺はよく分からないまま聖人を見る。
聖人も俺を見る。
「……俺たち、そんなに変?」
聖人が聞く。
「変。変に決まってるだろ!」
静留は即答した。
「でも、付き合ってないよね?」
「付き合ってないね。」
俺と聖人は二人で頷く。
「じゃあ何?お前らはどういう関係なの?夫婦?」
「どういう関係って……」
俺は少し考えた。
「友達?」
「親友。」
聖人が付け足す。
「……まあ、そんな感じ。」
静留が黙る。
しばらく俺たちを見たあと、呆れたように笑った。
「そっか。」
「何。」
「いや……」
静留が肩をすくめる。
「お前ら仲良いなー、って思っただけ。」
「さっきも言ってたじゃん。」
「だな。」
静留は笑った。
「でもまあ、今はそれでいいか。」
「何それ。」
「なんでもない。」
そう言って、静留は先に歩き出した。
「ほら、次行くぞー。」
「どこ?」
「俺のクラス。次、俺が髪やってやる!」
「俺はいい。」
「由寿は絶対やる。」
「なんでだよ……」
「せっかく文化祭来たんだから!」
「聖人、助けて。」
「……ごめん。俺も見たい。由寿の派手髪。」
「裏切り者。退学になったらお前のせいだぞ。」
聖人が笑った。
静留も笑う。
俺も、小さく笑って仕方なくその後を追った。
