冷たい夜には抱きしめて

その頃、現場近くを巡回していたパトカーと機動捜査隊の車両が一斉に動いていた。


助手席に座るのは、配属されたばかりの新人女性刑事・小倉(おぐら)だ。


「カメラのログ追跡出ました! 車両は街の中心部を避け、湾岸エリア……旧港湾地区へ向かっています!」



「急ぐぞ。あそこは夜間、人通りが一切なくなる廃倉庫街だ」


ベテラン警部がハンドルを握り、サイレンを消して闇の中に突入する。



小倉は胸が締め付けられる思いだった。同じ女性として、特別な日のために着替え、楽しみにしていたはずの日常を奪われた凪の恐怖は想像を絶する。絶対に彼女を無事に救い出さなければならない。



旧港湾地区の第7倉庫前。

「これより徒歩にて現地へ潜入する」

パトカーを降りた小倉は防犯ベストのファスナーを上げ、拳銃に手をかけた。すると警部が静かに制した。

「小倉、お前は外で裏口を警戒しろ。応援が到着するまでの挟み撃ちの配置だ」

「はいっ!」

小倉は拳銃のホルダーに手を添え、倉庫の裏手の暗がりに身を潜めた。


その直後、倉庫の中から激しい足音と怒号が聞こえてきた。


「警察だ! 動くな!」

「チッ、察対かよ! 逃げるぞ!」


男たちの荒い足音が裏手へと逃げてくる。主犯格の男たちは、踏み込んできた警部たちに気づき、倉庫の裏口から一斉に飛び出してきた。



「そこまでだ!」



外で待ち構えていた小倉と、駆けつけた応援の捜査員たちが一斉に襲いかかり、激しい押し問答の末、逃走を図った男3人の身柄をその場で拘束した。


「犯人3名、身柄確保!」


無線の交信が飛ぶ。小倉は安堵し、被害者の保護に向かおうと倉庫の表側へ回ろうとした——その時。


倉庫の奥から、ガシャーンと大きな資材の崩れる音が聞こえた。



「……え?」




男たちは全員拘束されたはずだ。中には警部しかいないはずなのに。

不審に思った小倉はライトを握り直し、ゆっくりと重い鉄扉を押し開けた。

倉庫内は潮風とカビの臭い、そして異様な気配が漂っていた。
ライトの光を頼りに奥へと進んだ小倉は、息をのんだ。


そこには、コンクリートの床に力なく横たわる凪の姿があった。捲り上げられた水色のワンピース、手首の生々しいロープ痕。濁った瞳で天井を見つめている姿はあまりにも痛ましかった。


(こんなひどいこと……っ!)


激しい怒りで涙が込み上げた次の瞬間、小倉の目が固まった。




凪のすぐ脇に立っていたのは、先に踏み込んだはずのベテラン警部だった。




彼は被害者を保護するどころか、興奮で息を荒らげ、警察用ベルトを外そうとしていた。男3人に暴行された直後の痛ましい姿と、現場の異常な空気感に理性を狂わせた男のおぞましい裏切り。



「……なにしてるんですか……!!」

小倉の叫びが響いた。



「なっ、小倉!? お前、外で見張って——」



「黙れ!! 最低だ!!」




警部が振り向いた瞬間、小倉は手にした重い大型ライトを男の顔面に向かって全力で叩きつけた。


鈍い打撃音とともに警部が悲鳴を上げて横転する。




「な、何すんだお前! 俺は上司だぞ!?」

「うるさい!! 警察官以前に人として最低だ!!」




小倉は倒れた警部に馬乗りになり、腕をねじ上げて一瞬で手錠をはめた。警察学校で叩き込まれた逮捕術。正義感と激怒で覚醒した新人の力は、油断していた男を力づくでねじ伏せた。


「本部へ緊急要請! 現場で不祥事発生、捜査員1名を暴行未遂で拘束! 大至急、別動隊を送ってください!!」


小倉は震える手で無線を掴み、叫ぶように要請を叩き込んだ。