冷たい夜には抱きしめて

午後九時十五分。

ファミレス『フェリーチェ』の店長は、裏のゴミ捨て場へ向かおうと従業員口のドアを開けた。


「ん……? なんだあれ」


店舗の勝手口灯に照らされた駐車場の端、凪の軽自動車のすぐ脇に、見覚えのあるものが落ちていた。

近づいて拾い上げると、それはさっきまで凪が手に持っていたトートバッグだった。ファスナーは閉まったままで、中に携帯も財布も入ったままだ。


「凪ちゃん……カバン忘れて行ったのかな。でも、車はあるのに……」

首を傾げる。



車があるということは、まだ出発していないはずだ。しかし車内に人の気配はない。

「凪ちゃーん?」

声をかけながら周囲を見回す。だが返事はない。休耕地から響く虫の声だけが空しく耳に届く。


ふと足元を見ると、凪のカバンのすぐ近くのアスファルトに、明らかにタイヤのゴムが強く擦れたような、新しく黒いスリップ痕がくっきりと残されていた。



「え……?」

車を残したまま、カバンが落ちていて、本人の姿だけがない。




(まさか……)




店長は背中に冷や汗が吹き出すのを感じながら、大慌てで店内に駆け戻った。


事務所に飛び込み、震える手で店舗の固定電話機を掴んで110番を押す。


『はい、110番警察です。事件ですか、事故ですか?』

「じ、事件です! 私の店のアルバイトの女の子が、駐車場から連れ去られたみたいなんです! カバンが落ちていて、車も残されたままで……!」

『落ち着いてください。場所と、被害者の特徴を教えてください』

「『フェリーチェ』緑ヶ丘店です! 被害者は…凪、二十歳の大学生です! 水色の小花柄のワンピースを着ていて……急にいなくなったんです!」


電話の奥で、警察官の緊迫した声が響く。


『ただちに捜査員に向かわせます。緊急連絡先のご家族には連絡できますか?』

「ええと、履歴書に親御さんの番号が……っ」

店長は慌てて事務所のファイルを開き、保護者の番号へ電話をかけた。しかし、呼び出し音が空しく鳴り響くだけで、一向に繋がらない。


「くそっ、出ない……! あ、そうだ、彼女今日彼氏と待ち合わせをしてるって言ってた! でも連絡先を知らなくて……っ!」

店長は自分の頭を抱え込んだ。

凪は今日、「伊吹」という彼氏とデートだと嬉しそうに話していた。彼はいま、どこかで凪をずっと待っているはずだ。



「お願いです、早く探してください!」


店長の悲痛な叫びが、夜の事務所に空しく響いていた。