冷たい夜には抱きしめて

振り返る隙すらなかった。

「なっ……!?」

頭上からすっぽりと、分厚く重い麻袋のようなものが被せられた。一瞬にして視界が漆黒に染まり、恐怖で息が止まる。

次の瞬間、両腕を後ろへと背負い投げのように力任せにねじ上げられた。


「んぐっ……! ん……!」

「静かにしろ。暴れると殺すぞ」


耳元で、耳鳴りがするほど低い男の声が囁かれた。酒とタバコの混ざった不快な匂いが鼻をつく。

声を出そうとした瞬間、口元を分厚い手袋で強く塞がれた。

「おい、足持て! 早くしろ!」

「荷物はどうする!?」

「放置だ! 構うな!」


ガサツな男たちの怒号とともに、浮遊感が襲う。別の男の手が凪の両脚を掴み上げ、宙に浮かせたのだ。

その拍子に、抱えていたトートバッグが腕からすり抜け、アスファルトの床へバシッと落ちた。


「押し込め!」


ガラガラとスライドドアが開く重い金属音が響く。

ワンボックスカーのような大型車の後部座席へ、凪の体はゴミ袋のように乱暴に投げ込まれた。



バタン!



ドアが勢いよく閉められ、即座に車体が横揺れを起こす。タイヤが悲鳴を上げ、急発進する激しい加速度が体に加わった。



(伊吹……っ! 伊吹……!)



頭の中で彼の名を叫びながら、暗闇の中で必死に身を捩ろうとした。だが、すぐに上から重いブーツで背中を踏みつけられた。

「動くなっつっただろ、この女が!」

ドスッという鈍い音とともに、脇腹に強烈な衝撃が走る。
肺の中の空気が一気に吐き出され、呼吸が止まった。あまりの痛みに意識が飛びそうになる。


逃げられないように手首を粗末なロープで強く縛り上げられ、口には粘着テープが何重にも巻きつけられた。

車がどこへ向かっているのか、まったく分からない。

数分前まで、鏡の前で水色のワンピースの裾を揺らしていた自分はどこへ行ったのか。


恐怖で体中の血が冷たくなっていくのを感じながら、凪はただじっと動かず、激しい揺れに耐えるしかなかった。