冷たい夜には抱きしめて

(なぎ)、口元にタルタルついてる」

「えっ、嘘!? どこどこ? 右? 左?」

「右。……あーもう、取ってやるから動くな」



テーブル越しに身を乗り出した伊吹(いぶき)が、手拭き用のティッシュで凪の頬をちょんと突いた。雑に拭い去られたあと、凪はへらっと締まりのない笑みを浮かべる。



「へへ、ありがと〜伊吹! やっぱここのチキン南蛮は最高だな〜!」

「お前、毎回同じこと言ってバカみたいに食うよな。大学の講義で疲れ切った顔してたのに、飯食った瞬間に復活すんの早すぎ」

「いいじゃん! 美味しいものは世界を救うの! 伊吹だってサバの味噌煮、綺麗に完食してるくせに〜!」

「俺は普通に食ってるだけだっつの」



呆れ顔をつくる伊吹だったが、その口元は緩んでいる。

伊吹と付き合い始めて、もうすぐ一年と半年。

周りのカップルがどこそこの映えカフェに行っただの、誕生日に高級なブランド物をプレゼントされただのと盛り上がっている中で、二人のデートといえば(もっぱ)らこんな感じだった。どちらかの部屋でピザや寿司の宅配を頼み、映画を観ながらくだらないツッコミを入れ合うか、大学の近くにあるこの年季の入った定食屋で、腹いっぱい飯を喰らう。


気取らない、飾らない、お互いにカッコつけることもない関係。



ガイドやSNSで見かける「憧れのデート」とは程遠いかもしれないけれど、凪にとってはこの時間が何よりも愛おしかった。




「あ、そうだ伊吹! 昨日の講義、ノート見せてくれない? 私、最後の15分くらい猛烈な眠気に襲われて記憶がないんだよね」

「またかよ。お前、一番前の席でヘッドショット決めてたろ。教授が苦笑いしてたぞ」

「だってさぁ! あの教授の声、α波出まくってて絶対安眠効果あるって! 寝かせにきてるよ!」

「屁理屈こねるな。……ほら、お茶」

「わーい、伊吹優し〜! 神様 仏様 伊吹様!」



またふざけて手を合わせると、伊吹は「大袈裟なんだよ」と鼻で笑いながらも、凪の飲み干した湯呑みに温かいお茶を注ぎ足してくれた。




伊吹はぶっきらぼうで、照れ屋で、口数もそこまで多い方ではない。けれど、凪が寒そうにしていれば自分の上着をサッと貸してくれるし、凪の好きな食べ物や癖は全部把握している。

言葉ではなく、行動で示してくれるその不器用な優しさに、凪は何度も救われてきたのだ。