そのメールが届いたのは、「ハル」と「ゲン」のコンビがランキングの常連になり、私たちの日常がすっかり「配信中心」に回り始めた頃のことでした。
差出人は、配信プラットフォームの運営事務局。件名には『【重要】特別インタビュー、および地域アンバサダー就任へのご相談』と記されていました。
「……ハナちゃん、これ、どういうことだい?」
いつものように道の駅の喫茶コーナーに集まったケンジ君が、スマートフォンの画面を覗き込みながら困惑した声を上げました。
メールの内容は、私たちの「司書と庭師」の会話が、幅広い世代に『癒やしの聖地』として支持されていることを高く評価し、公式のインタビュー記事として掲載したい、というものでした。さらには、私たちが配信で語る「田舎の風景」に興味を持つ若者が増えていることから、地方創生を目的としたアンバサダー(広報大使)の役割も打診されていたのです。
「驚いたわね。ただの暇つぶし、なんて言っていられないことになっちゃった」
私たちはしばらく、言葉を失って顔を見合わせました。
五十代、田舎暮らし。かつては社会の隅っこで、静かに余生を待つだけだと思っていた私たちが、デジタルの力で「地域の顔」になろうとしている。それはあまりにも現実離れした、けれど目の前にある確かな事実でした。
「どうする、ケンジ君? 辞退することもできるけれど」
ケンジ君はしばらく、冷めたコーヒーを見つめて黙っていました。それから、ゆっくりと顔を上げました。
「……いや、やらせてもらおうじゃないか。もちろん、顔を出すのはハルとゲンのアバターだけれどね。俺たちの声で、この町の良さや、年を重ねることの楽しさが誰かに伝わるなら、それはきっと、俺たちがこの年齢まで生きてきたことの、一つの『答え』になる気がするんだ」
その日から、私たちの活動はさらに熱を帯びていきました。
インタビューでは、あえて「五十代の元クラスメイト同士であること」を明かしました。すると、同世代のユーザーからも『勇気をもらった』『自分も何かを始めたくなった』という熱いメッセージが殺到したのです。
私たちは、配信を通じてこの町の特産品を紹介したり、過疎化が進む廃校跡地の楠(くすのき)の再生プロジェクトへの寄付を募ったりしました。画面の中の「銀髪の司書」と「渋い庭師」は、いつしか現実のこの町と、デジタルの世界を繋ぐ架け橋になっていたのです。
季節は巡り、再びあの雷の夏がやってこようとしていました。
私は、スマートフォンの充電をしっかり確認し、夕暮れのあぜ道を歩いて、あの小学校跡地へと向かいました。
校庭の隅には、あの楠が立っています。
真っ二つに割れた幹は、今では太いツタに覆われ、その力強い枝葉は空を押し上げるように広がっています。
「ハナちゃん、準備はいいかい?」
隣に立つケンジ君が、手慣れた手つきで三脚を立てました。今日はここから、コンビ結成一周年記念の屋外ライブ配信を行うのです。
「ええ、準備万端よ。……ゲンさん」
私たちは同時に配信開始のボタンを押しました。
スマートフォンの画面に、麗しき司書と庭師が映し出されます。
「皆さん、こんばんは。今夜は、私たちの物語が始まったこの場所からお届けします」
画面の下には、一年前には想像もできなかったほどの、数えきれない「おめでとう」の言葉が流れていきました。
若者たち、都会で働く人々、そして、私たちと同じように勇気を出して一歩を踏み出した、同世代のライバーたち。
配信を続けながら、私はふと、空を見上げました。
一番星が瞬き、遠くの家々に灯りがともり始めています。
かつての私は、この町を「何もない場所」だと思っていました。自分の人生を「もう終わったもの」だと思い込んでいました。
けれど、違いました。
この小さなスマートフォンの光は、あぜ道を照らす灯台になり、遠く離れた誰かと心を繋ぐ魔法になったのです。
「ゲンさん、見て。リスナーさんから『いつかその町に行ってみたい』ってコメントが届いているわ」
「ははは、嬉しいねぇ。その時は、最高のトウモロコシを振る舞わなきゃいけないな」
私たちの笑い声が、夏の夜風に乗って、楠の葉を揺らしました。
五十代。二度目の青春。
アバターという翼を手に入れた私たちは、どこまでだって飛んでいける。
この本を手に取ったあなたも、どうか忘れないでください。
名前を変え、姿を変え、新しい自分として呼吸を始めるのに、遅すぎるなんてことは決してないのだということを。
暗闇に光るスマートフォンの画面。その向こう側には、まだ見ぬ友人たちが、あなたの「声」を待っています。
さあ、次はあなたの番です。
あぜ道の先にある、無限のデジタルの海へ。
私たちは、いつでもあなたを歓迎します。
(完)
差出人は、配信プラットフォームの運営事務局。件名には『【重要】特別インタビュー、および地域アンバサダー就任へのご相談』と記されていました。
「……ハナちゃん、これ、どういうことだい?」
いつものように道の駅の喫茶コーナーに集まったケンジ君が、スマートフォンの画面を覗き込みながら困惑した声を上げました。
メールの内容は、私たちの「司書と庭師」の会話が、幅広い世代に『癒やしの聖地』として支持されていることを高く評価し、公式のインタビュー記事として掲載したい、というものでした。さらには、私たちが配信で語る「田舎の風景」に興味を持つ若者が増えていることから、地方創生を目的としたアンバサダー(広報大使)の役割も打診されていたのです。
「驚いたわね。ただの暇つぶし、なんて言っていられないことになっちゃった」
私たちはしばらく、言葉を失って顔を見合わせました。
五十代、田舎暮らし。かつては社会の隅っこで、静かに余生を待つだけだと思っていた私たちが、デジタルの力で「地域の顔」になろうとしている。それはあまりにも現実離れした、けれど目の前にある確かな事実でした。
「どうする、ケンジ君? 辞退することもできるけれど」
ケンジ君はしばらく、冷めたコーヒーを見つめて黙っていました。それから、ゆっくりと顔を上げました。
「……いや、やらせてもらおうじゃないか。もちろん、顔を出すのはハルとゲンのアバターだけれどね。俺たちの声で、この町の良さや、年を重ねることの楽しさが誰かに伝わるなら、それはきっと、俺たちがこの年齢まで生きてきたことの、一つの『答え』になる気がするんだ」
その日から、私たちの活動はさらに熱を帯びていきました。
インタビューでは、あえて「五十代の元クラスメイト同士であること」を明かしました。すると、同世代のユーザーからも『勇気をもらった』『自分も何かを始めたくなった』という熱いメッセージが殺到したのです。
私たちは、配信を通じてこの町の特産品を紹介したり、過疎化が進む廃校跡地の楠(くすのき)の再生プロジェクトへの寄付を募ったりしました。画面の中の「銀髪の司書」と「渋い庭師」は、いつしか現実のこの町と、デジタルの世界を繋ぐ架け橋になっていたのです。
季節は巡り、再びあの雷の夏がやってこようとしていました。
私は、スマートフォンの充電をしっかり確認し、夕暮れのあぜ道を歩いて、あの小学校跡地へと向かいました。
校庭の隅には、あの楠が立っています。
真っ二つに割れた幹は、今では太いツタに覆われ、その力強い枝葉は空を押し上げるように広がっています。
「ハナちゃん、準備はいいかい?」
隣に立つケンジ君が、手慣れた手つきで三脚を立てました。今日はここから、コンビ結成一周年記念の屋外ライブ配信を行うのです。
「ええ、準備万端よ。……ゲンさん」
私たちは同時に配信開始のボタンを押しました。
スマートフォンの画面に、麗しき司書と庭師が映し出されます。
「皆さん、こんばんは。今夜は、私たちの物語が始まったこの場所からお届けします」
画面の下には、一年前には想像もできなかったほどの、数えきれない「おめでとう」の言葉が流れていきました。
若者たち、都会で働く人々、そして、私たちと同じように勇気を出して一歩を踏み出した、同世代のライバーたち。
配信を続けながら、私はふと、空を見上げました。
一番星が瞬き、遠くの家々に灯りがともり始めています。
かつての私は、この町を「何もない場所」だと思っていました。自分の人生を「もう終わったもの」だと思い込んでいました。
けれど、違いました。
この小さなスマートフォンの光は、あぜ道を照らす灯台になり、遠く離れた誰かと心を繋ぐ魔法になったのです。
「ゲンさん、見て。リスナーさんから『いつかその町に行ってみたい』ってコメントが届いているわ」
「ははは、嬉しいねぇ。その時は、最高のトウモロコシを振る舞わなきゃいけないな」
私たちの笑い声が、夏の夜風に乗って、楠の葉を揺らしました。
五十代。二度目の青春。
アバターという翼を手に入れた私たちは、どこまでだって飛んでいける。
この本を手に取ったあなたも、どうか忘れないでください。
名前を変え、姿を変え、新しい自分として呼吸を始めるのに、遅すぎるなんてことは決してないのだということを。
暗闇に光るスマートフォンの画面。その向こう側には、まだ見ぬ友人たちが、あなたの「声」を待っています。
さあ、次はあなたの番です。
あぜ道の先にある、無限のデジタルの海へ。
私たちは、いつでもあなたを歓迎します。
(完)



