元・最強兵器たちの、あまりに静かな余生について

元・最強兵器たちの、あまりに静かな余生について
―竜王の呪撃―


竜災終結、一年後。
竜王を討ったとされる”裏切り者”は、辺境の小屋でひっそりと余生を送っていた。

町外れの小屋。逆光の日差しを背に受ける男は、まるで睨まれた蛙だった。

「戦長。何を、したんですか?また怪我してる」
「…猫だ」

男は視線をゆっくり外して、包帯の巻かれた右腕を隠した。
赤茶色の、亜麻布のシャツを左手で引っ張り、見えている部分を隠そうとする。
彼女は、紺色のワンピースに白のカーディガンといった、柔らかな服装をしているが、その視点は対称的に鋭い。

「この辺に猫なんていません。それに、包帯を巻くほどって…見せてください」
「ハッ…言ってろ」

無視して横を通ろうとする彼を、女性は通せんぼするように引き止める。
彼は鬱陶しそうな目で彼女を睨み上げた。
退け、と全面的に語るが、彼女が退く気配はない。

「無茶したんですか?」
「してねぇ」
「では、これはなんですか?」

女性は彼の腕を掴んで、シャツを強引に捲り上げた。
包帯の全貌が露わになり、彼女は迷わずにそれを解いた。
露わになる十センチほどの切り傷。
じっとりとした傷口の端はまだ赤黒く開いていて、乾ききっていない。

「チッ……」

振り解こうとすれば、圧力が増し、男は小さく呻いた。
「……痛いんでしょ」
「……」

沈黙が場を支配して、数秒。

「癖で動いちまっただけだ……工事現場で鉄骨が落ちてきてな。次から気をつける」

だから離せ、と彼はまた掴まれた腕に力を込め、引き抜こうとした。

「ダメです。あなたにはもう、龍継族の力はないんですよ。放っておいても、体は再生しない」
「は、お前だってそうだろ。この程度の傷で大袈裟だ。いいからほっとけ。それより、ほら。砂糖と麦だ」

左手に持っていたカゴをずい、と女性の前に差し出すが、彼女の瞳は冷ややかに細められるだけだった。

「人の言うこと、聞いてない」
「テメェもな」
「この世界にもう、竜はいない。あなたが命を張って怪我する必要など、ない。」
「……今日のこれは、ただの事故だ。そう怒るな」

男は少しだけ背伸びをして、自分より高い位置にある彼女の黒髪をすいた。
ムゥと唇を尖らし、女性は眉を寄せる。

「私は、あなたにこれ以上、無理をして欲しくないだけ」
「あぁ、わかってる。悪かった」

ぽんぽんと、またも不器用に背伸びをして彼女の頭を軽く叩いた。
入れろ、と言わんばかりに奥へと進むように促す。
下がった彼女の横を通り過ぎ、男はキッチンの椅子へとカゴを下ろした。
彼女はじとお、とその様子を眺める。
彼はその視線から逃れるように、食材を棚へと仕舞い始めた。

「洗濯は?」
「もう終わっています。あなたは、早く休んで」
「あのな、アルカ。俺は確かに、もう龍継の力は持ってねぇ。だが、良い年したおっさんだぞ。家事くらい出来る」

竜王を討ち、あの悪夢を消した代償に、力を失った。
そして、それをこの国は”裏切り”と呼ぶ。

「貴方の負った傷は、私より重い。それに、その切り傷も浅くない。夕飯は私が作る」
「傷の重さを比べるんじゃねぇよ、お互い様だ」

男は少しだけ、いつもより眉間に皺を寄せて返す。
そんな彼を煮え切らない瞳で見つめた後、彼女はパタパタとリビングを去った。
そして救急箱を片手に戻る。

「座って」

男をダイニングの椅子に座らせ、渋々差し出す右腕に、もう一度処置を施していった。

「この包帯、巻き方が雑」
「仕方ねぇだろ、素人がやってくれたんだから」

(嫌いだ)

と彼女は思う。

何もかも諦めたような、自分の身に降りかかる痛みも、何も、どうでもいいような。
その姿勢が。
自分の身体を、まるで借り物みたいに扱うその癖が。
ーーー貴方は最後まで勇敢に戦った。
この世界で、もう彼を、自分たちを、脅かすものは何もない。
はずなのに。

「っ、おい、アルカ?」

動揺する男を無視して、彼女は彼の後頭部まで包み込み、抱き込んだ。


この日々も、そう長くは続かないのだろうか。
日常は、何度でも、簡単に砕け散る。

「お前を、この街で一人にはできねぇよ。嫌かもしれねぇが、辛抱してくれ。世間が落ち着きゃ、俺は出て行く。」

かつての戦長の言葉。
この人はそう言ったことを、まだ覚えているのだろうか。
この身体で、どうやって一人で生きて行くと言うの。

(離したくない)

この日常だけは、もう、二度と。