花村麗にも苦手なものはある。
例えば、二人一組。
体育の授業で先生から言われた言葉に、みんなが一斉に動き出した。
乾いたグラウンドに砂ぼこりが舞う。
僕だけその場から動かないまま。
チラッと視線を向けてくる男子、固唾を飲んで見守る女子。
でも、その子たちにはもう相手がいる。
安全な場所から僕を見ている。
中学卒業と同時に解体された『花くん親衛隊』
それなのに、同じようなルールが自然とできていた。
『抜けがけは重罪』……らしい。
重罪って、どんな罰なのかも、誰が与えるのかも分からないけど。
僕に告白してきた子たち。
あんまり覚えてないけど、たぶん元気に学校に通ってるっぽい。
誰がいなくなったとか、誰かが怪我したとか、話しているのを聞いたことがないから。
まさか、暗殺部隊に抹消されたなんて、そんなことあるわけないよね……?
「ガハハ」という声が聞こえて、顔を向けた。
涼太が四〜五人の男子に囲まれてる。
楽しそうに笑う横顔。
右頬のエクボを思い出す。
あの子たちは、とっくに知ってたんだろうな。
僕の視線に気づいたのか、涼太がこっちを見た。
目が合う。
あ、そらされた。
と思ったら、駆け寄ってきた。
ざわめきが大きくなる。
でも、次の瞬間には遠くなった。
「花村」
「どうしたの?」
「俺とやろう」
「友達はいいの?」
「一人余ってるから」
「でも……」
涼太の肩越し。
さっきの男子たちの様子を見ようと、首を伸ばす。
涼太が横に動いて、視線を阻まれた。
反対側から見ようとして体を傾ける。
また涼太が動く。
僕の視界には、涼太の肩しか映らない。
そんな攻防を続けているうちに、先生からボールを取りに来るよう指示が飛んだ。
「花村、もっと強く蹴っていいよ」
僕のへなちょこボールが、二人のちょうど真ん中で止まった。
サッカーボールって、こんなに硬かったんだ。
最初は爪先で蹴っていたけど、だんだん痛くなってきて、涼太みたいに足の内側で蹴ることにした。
そうすると、どうもコントロールがうまくいかない。
「これ、当たると痛いよ」
「大丈夫」
「なんで?」
「慣れてるから」
「サッカー部?」
「いや、友達とよくやってるから」
「あっ!」
思いきり蹴ったボール。
変な方向に転がって、涼太の伸ばした足先を掠めた。
「ごめん」
砂ぼこりが舞う。
戻ってきた涼太が、ニヤリと笑った。
「意外と下手だな」
「球技は苦手。走るのは得意」
「俺は逆」
「勝負する?」
「いいよ」
しばらくして、先生がピーッと笛を吹いた。
ボールを片付けに走る涼太。
Tシャツが風で膨らんでる。
その背中が集まった生徒に埋もれると、ちょっとだけジンジンする靴の先を見た。
もう少しでコツが掴めそうだったのにな。
オーラの内側で、「ちぇっ」と鳴らした舌打ちは、誰にも聞こえない。
「花村。次、トラック三周だって」
隣に戻ってきた涼太に、ぽかんと口を開ける。
「勝負するんだろ?」
「負けないし」
まずは男子だけのスタートライン。
一番後ろに並ぶ。
涼太が横を向いて、またニヤリ。
僕も真似して、片側の口角だけ上げてみた。
この顔、可愛いのか?
『ピー』とともに、ジャリッと砂を蹴る音が響く。
前の生徒に続くように、僕も動き始める。
最初はゆっくり。
踵に当たる感触は、アスファルトより少しだけ柔らかい。
だんだん加速していく。
前の生徒を追い越し、その前も、その前も。
いつの間にか、僕の視界には誰もいなくなった。
「おぉ〜、さすが花くん」
「きれいなフォーム」
見学している女子たちから、そんな声が上がる。
でも――
僕に届いたのは、風を切る音と、規則的なザッザッという音だけだった。
走るのは好きだ。
呼吸は浅くなっていくのに、不思議と苦しくない。
感覚が研ぎ澄まされ、反対に何もかも遠ざかる。
この世界には僕しかいない……そんな錯覚。
楽しくて楽しくて、笑いながら走ってたと思う。
「花村、終わりー」
先生の声に、僕はすぐに止まれなかった。
徐々にスピードを落とし、やがて膝に手をつく。
呼吸を整えていると、誰かの荒い息遣いが近づいてきた。
体を起こして振り返ると、頬を上気させた涼太。
Tシャツの袖で汗を拭っている。
額から流れる汗が、頬を伝って、顎の先からポトリと落ちた。
「花村、やっぱすげーな」
「まぁね。涼太は?」
「俺?二番」
「はぁ?!」
涼太は得意気にピースサインをする。
横目で軽く睨んで、足元の影をちょっとだけ踏んづけた。
「花村よりだいぶ遅い二番だけどな」
「まぁ、勝ちは勝ちだね」
「さすがに勝てない」
「僕、ジョギング『ガチ勢』だから」
「なんでそんな言葉知ってんの?」
「調べた」
ザァッと風が吹く。
涼太の髪がふわっとなびいて、右頬のエクボに視線を奪われた。
そのとき――
「かっこいい……」
見学している女子たちの中から、ため息のように漏れた言葉。
『可愛い』は僕の代名詞。
僕が可愛いことは、僕もみんなも知っている。
でも、『かっこいい』はあんまり言われたことがなかった。
涼太を見上げる。
もうエクボは消えていて、僕は大きく深呼吸した。
「かっこいい」って、もしかして涼太のこと……?
例えば、二人一組。
体育の授業で先生から言われた言葉に、みんなが一斉に動き出した。
乾いたグラウンドに砂ぼこりが舞う。
僕だけその場から動かないまま。
チラッと視線を向けてくる男子、固唾を飲んで見守る女子。
でも、その子たちにはもう相手がいる。
安全な場所から僕を見ている。
中学卒業と同時に解体された『花くん親衛隊』
それなのに、同じようなルールが自然とできていた。
『抜けがけは重罪』……らしい。
重罪って、どんな罰なのかも、誰が与えるのかも分からないけど。
僕に告白してきた子たち。
あんまり覚えてないけど、たぶん元気に学校に通ってるっぽい。
誰がいなくなったとか、誰かが怪我したとか、話しているのを聞いたことがないから。
まさか、暗殺部隊に抹消されたなんて、そんなことあるわけないよね……?
「ガハハ」という声が聞こえて、顔を向けた。
涼太が四〜五人の男子に囲まれてる。
楽しそうに笑う横顔。
右頬のエクボを思い出す。
あの子たちは、とっくに知ってたんだろうな。
僕の視線に気づいたのか、涼太がこっちを見た。
目が合う。
あ、そらされた。
と思ったら、駆け寄ってきた。
ざわめきが大きくなる。
でも、次の瞬間には遠くなった。
「花村」
「どうしたの?」
「俺とやろう」
「友達はいいの?」
「一人余ってるから」
「でも……」
涼太の肩越し。
さっきの男子たちの様子を見ようと、首を伸ばす。
涼太が横に動いて、視線を阻まれた。
反対側から見ようとして体を傾ける。
また涼太が動く。
僕の視界には、涼太の肩しか映らない。
そんな攻防を続けているうちに、先生からボールを取りに来るよう指示が飛んだ。
「花村、もっと強く蹴っていいよ」
僕のへなちょこボールが、二人のちょうど真ん中で止まった。
サッカーボールって、こんなに硬かったんだ。
最初は爪先で蹴っていたけど、だんだん痛くなってきて、涼太みたいに足の内側で蹴ることにした。
そうすると、どうもコントロールがうまくいかない。
「これ、当たると痛いよ」
「大丈夫」
「なんで?」
「慣れてるから」
「サッカー部?」
「いや、友達とよくやってるから」
「あっ!」
思いきり蹴ったボール。
変な方向に転がって、涼太の伸ばした足先を掠めた。
「ごめん」
砂ぼこりが舞う。
戻ってきた涼太が、ニヤリと笑った。
「意外と下手だな」
「球技は苦手。走るのは得意」
「俺は逆」
「勝負する?」
「いいよ」
しばらくして、先生がピーッと笛を吹いた。
ボールを片付けに走る涼太。
Tシャツが風で膨らんでる。
その背中が集まった生徒に埋もれると、ちょっとだけジンジンする靴の先を見た。
もう少しでコツが掴めそうだったのにな。
オーラの内側で、「ちぇっ」と鳴らした舌打ちは、誰にも聞こえない。
「花村。次、トラック三周だって」
隣に戻ってきた涼太に、ぽかんと口を開ける。
「勝負するんだろ?」
「負けないし」
まずは男子だけのスタートライン。
一番後ろに並ぶ。
涼太が横を向いて、またニヤリ。
僕も真似して、片側の口角だけ上げてみた。
この顔、可愛いのか?
『ピー』とともに、ジャリッと砂を蹴る音が響く。
前の生徒に続くように、僕も動き始める。
最初はゆっくり。
踵に当たる感触は、アスファルトより少しだけ柔らかい。
だんだん加速していく。
前の生徒を追い越し、その前も、その前も。
いつの間にか、僕の視界には誰もいなくなった。
「おぉ〜、さすが花くん」
「きれいなフォーム」
見学している女子たちから、そんな声が上がる。
でも――
僕に届いたのは、風を切る音と、規則的なザッザッという音だけだった。
走るのは好きだ。
呼吸は浅くなっていくのに、不思議と苦しくない。
感覚が研ぎ澄まされ、反対に何もかも遠ざかる。
この世界には僕しかいない……そんな錯覚。
楽しくて楽しくて、笑いながら走ってたと思う。
「花村、終わりー」
先生の声に、僕はすぐに止まれなかった。
徐々にスピードを落とし、やがて膝に手をつく。
呼吸を整えていると、誰かの荒い息遣いが近づいてきた。
体を起こして振り返ると、頬を上気させた涼太。
Tシャツの袖で汗を拭っている。
額から流れる汗が、頬を伝って、顎の先からポトリと落ちた。
「花村、やっぱすげーな」
「まぁね。涼太は?」
「俺?二番」
「はぁ?!」
涼太は得意気にピースサインをする。
横目で軽く睨んで、足元の影をちょっとだけ踏んづけた。
「花村よりだいぶ遅い二番だけどな」
「まぁ、勝ちは勝ちだね」
「さすがに勝てない」
「僕、ジョギング『ガチ勢』だから」
「なんでそんな言葉知ってんの?」
「調べた」
ザァッと風が吹く。
涼太の髪がふわっとなびいて、右頬のエクボに視線を奪われた。
そのとき――
「かっこいい……」
見学している女子たちの中から、ため息のように漏れた言葉。
『可愛い』は僕の代名詞。
僕が可愛いことは、僕もみんなも知っている。
でも、『かっこいい』はあんまり言われたことがなかった。
涼太を見上げる。
もうエクボは消えていて、僕は大きく深呼吸した。
「かっこいい」って、もしかして涼太のこと……?



