高嶺の花くんは隣のあいつが気になる。

小学校六年間、花村麗の通知表には『A』が並んでいた。

『どの教科も意欲的に取り組めています』
通知表を胸に抱えて帰ると、ランドセルを下ろすより先に、お母さんに見せた。
にこにこしながらそれを見るお母さん。
でも、最後にはいつも困ったように笑う。
『もう少し自分から友達の輪に入っていけると、さらによいでしょう』
毎年同じような、先生からの言葉。
その意味が分からない僕じゃない。
だから笑顔を作った。
「お母さん、大丈夫だよ。僕は人気者だから」


「――あっ」

学年集会のため、体育館に移動していたときだった。
見覚えのある顔。
僕の声が届いたのか、パチリと目が合う。
短い髪は、今日もバチバチに固められていた。

「ゆうすけ」

「お、高嶺の麗くん」

駆け寄って隣に並ぶ。
僕たちに向けられる視線に、ゆうすけはピースで応えている。
なんだろう、変な人だ。

「涼太のお見舞いありがとっす」

「どういたしまして」

「あいつ、うどん食ったんだって?」

「うん。食欲、普通にありそうだったよ」

「すげー」

なにか話題……
考えているうちに、体育館に着いた。
いつも通り、入り口からまっすぐ向こう側の壁まで行って、ひんやりした床に座る。
僕の隣にはゆうすけ。
当然みたいな顔をして座った。

「相変わらず破壊力ヤバいっすね」

「破壊力?」

「めっちゃ可愛いっす。あいつ、これ毎日見てんの?」

「涼太は別に……」

僕のこと、可愛いなんて思ってないよ。
その言葉は口から出てこなかった。
胸の奥が痛くなる。
俯いた僕の顔を、ゆうすけが覗き込んできた。

「麗くんさぁ、俺と友達になってよ。いいっしょ?」

何の脈絡もない。
僕はぽかんと口を開けた。
通知表の文字が瞼にチラつく。
小学校の先生が僕に求めていたのは、たぶんこういう、押しの強さなんだろう。
『いいよ』と言おうとして、ちょっと考える。

「僕の方こそ、友達になってほしい……っす」

「っしゃあ!!」

ゆうすけが拳を勢いよく上げる。
僕の肩がビクッとなる。
体育館にいる生徒が一斉に振り向いた。
これは……僕が可愛いとか関係ない。
こんな大きい声出す人がいたら、誰だって見るよ。
見られるのは慣れてる。
でも、これは慣れてない。
ほっぺたに手を当てていると、「あでっ!」と変な声が響いた。
ゆうすけが後頭部を押さえている。
その後ろに、丸めた集会の資料を構えた涼太が立っていた。

「お前、なにやってんの?」

「いってー!なにすんだよ、涼太」

涼太は答えないまま、僕の前に座った。
近くにきてくれた。
天井のオレンジ色のライトが、急に熱く感じる。

「花村、大丈夫?こいつになんかされた?」

「ひどくね?」

「ゆうすけ、うるさい」

「陽キャって言えよ」

これ、友達の輪ってやつ?
『自分から入っていけると、よいでしょう』
なるほど。
今がそのときかもしれない。
手に持ったペンケースが、ガチャリと鳴る。

「あ、あのね……」

「ん?どうした?」

涼太がすぐに僕の声を拾ってくれる。
覗き込んでくる瞳に、開いた口が震えた。

「ゆうすけと、友達になった」

「……は?」

「そういうこと!涼太にどうのこうの言う権利はないわけ!」

ゆうすけは胸を張り、鼻の穴を大きくした。
涼太は目を見開いたまま、魂が抜けたみたいに固まっている。
そんな二人が面白くて、クスクス笑いが止まらなくなった。

「麗くんの笑顔可愛すぎ!マジで沼なんだけど」

「花村の顔見るの禁止」

「は?だから、お前になんの権限があるんだよ」

「花村は笑うの禁止」

「だって二人の顔、面白いんだもん」

集会が始まってもまだ笑っている僕。
涼太は振り向いて、眩しそうに目を細める。
ふと、僕の視界が塞がれた。
涼太の大きな手だった。

「……可愛すぎ」

小さく聞こえた言葉。
今のは空耳?
まさか、僕の願望が現れた?
それとも……

僕と同じくらい熱くなった涼太の手。
今だけはそのままにしていてほしい。
じゃないと、僕の気持ち、全部バレちゃいそうだ。