高嶺の花くんは隣のあいつが気になる。

『友達より特別な存在だよ』
――その日、花村麗は生まれて初めて夜更かしをすることになる。

あの後、涼太のお父さんが帰ってきて、すごく丁寧にお礼を言われた。
最後に涼太の寝息を確認してから、夕方の賑やかな通りに出た。
家に帰って、ごはんを食べて、お風呂に入って……
いつもと変わらない一日。
それなのに、ベッドに入ってからも、あの言葉が頭から離れない。

いつの間にか、スマホを握っていた。
『友達より特別な存在』
検索結果を上から順番に読む。
親友、 家族、 恋人。
指が止まった。
……恋人。
その言葉をもう一度、画面の中でなぞる。

『恋人』
お互いに特別な恋愛感情(・・・・)を抱き、相思相愛の関係にある相手。

『恋愛感情』
特定の相手に対して「特別でありたい」「独占したい」と強く求める心理、欲求。
その人個人に特別な執着があり、他の人では代わりが効かないと感じる。

ストン。
胸の中になにかが落ちた。
それは僕の心臓をあっという間にうるさくさせた。

僕、そうなのかな。
涼太のたった一言が欲しくてたまらないのも。
猫が羨ましくて、僕のことを見てほしいのも。
みんながエクボに気づかなければいいのにって、こっそり思ったのも……

画面の中の文字と、僕の心臓の音。
二つが交わったところに、一つの答えが浮かんでいた。

「……そっか」

部屋の中が暗闇に包まれる。
目を閉じても涼太の顔ばかりが浮かんで、何度も寝返りをうった。


翌朝。
カーテンから差し込む光に目を覚ました。
頭が重い。
ベッドサイドの鏡を見る。
僕のぱっちり二重。
浮腫んで腫れぼったくなっていた。
これじゃ『天使』とは呼べない。
みんなをがっかりさせちゃう。
それよりも、涼太にこんな顔見られたくない。
日課のジョギングをさぼって、ずーっと瞼に濡れタオルを当てていた。

いつもより学校に着くのが遅くなった。
チャイムが鳴る十五分前。
玄関の混雑具合に目を白黒させる。
それでも、モーゼのように僕の道は拓ける。

「うっそ!朝から花くんに会えるなんて」

「今日も可愛い!」

「ヤバ!尊いんだけど」

興奮した囁き。
今日も僕の頭の中を素通りしていく。
がっかりさせるなんて、いらない心配だったみたい。
誰にもなにも気づかれてない。

教室に足を踏み入れる。
みんなが僕を見る。
でも、僕の視線を独り占めするのは、たった一人の背中。
近づくにつれ、カバンを持つ手に力が入る。
斜め後ろで立ち止まると、溜まった息を細く吐き出した。

「りょ、涼太、おはよう!」

涼太が振り返る。
ふわっと微笑む。
それだけで、僕の体温が0.5度くらい上昇した。

「花村、おはよう」

「……うん」

「昨日、ありがとな」

「……うん」

「おかげで熱下がった」

「……うん」

背中をピンと伸ばしたまま、どうにか自分の席に座る。
僕、今までどんな顔してたっけ?
どんな風に話してたんだっけ?
隣を向けないでいると、じっと見つめる涼太の視線を感じた。
少しだけ顔を動かして、横目で見る。
目が合う。

「やっとこっち向いた」

それは反則だってば。
白い猫に向けられた笑顔に少しだけ似ている。
なんでかキラキラしていて、僕の心臓がもっとおかしくなった。

「花村?」

「なに?」

「目腫れてない?もしかして泣いた?」

「なっ?!ち、違う」

両手で目を覆う。
うそうそ!なんで?
誰も気づかなかったのに。
これじゃ、ますます可愛いなんて言ってもらえなくなる。

「違うならいいけど」

「……涼太」

「うん?」

「僕の顔見るの禁止」

「なんで?」

「涼太のせい」

涼太の靴底がキュッと鳴る。
僕に近づいてくる。
その視線から逃れたくて、椅子の端っこで身を縮こませた。

「俺のせいでいいから、ちゃんと理由教えてよ」

「言えない」

「なんで?」

「心の準備が必要」

「はぁ?!」

裏返った涼太の声は、チャイムの音にかき消された。